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第2話「脱、モヤモヤ」

はじめましての翌日。 僕はいつも通りの平日を送っていた。 結構飲んだわりには酒も残ってない。 いつも通り起きて、いつも通り会社に行って、いつも通り仕事をしている。 ただひとつ違ったのは、心の中にモヤモヤが残っていること。 このモヤモヤの理由はちゃんとわかっている。 もちろんナオキのことだ。 「付き合っちゃう?」「いいよ」と、初対面の酒の席で交わしたチャラい約束に浮かれて帰った僕は、昨日の夜帰宅してすぐ、ナオキにお礼のメッセージを送っていた。 まだLINEは交換してない。 だから知り合った出会い系アプリのメッセージ機能を使って送った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今日は楽しかったよー、ありがとねー! また飲もー(^_^)/□☆□\(^_^) 23:46 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ありがちな文面だが、酔っ払いながらもかなり“保険”をかけた。 その“保険”とは2行目のことだ。 だってさ、「付き合っちゃう?」を本気にしていいのかよくわかんなかったから。 付き合うのが冗談だったとしても、この文面からは少なくとも「なに本気にしてんだよ」ってことにはならない。 本気で付き合うつもりなのだとしたら、この2行目を見て「当たり前じゃん彼氏なんだから」っ嬉しい返事がもらえるかもしれない。 どちらに転んだにせよ自分を守るための、言葉の“保険”だった。 そして心から、もう1度会いたかった。 .......そんな想いを込めたメッセージに、まだ返事が返ってこない。 もう翌日だ。昼過ぎだ。14時だ。 返して欲しいメッセージがなかなか返ってこないこのモヤモヤはいったいなんなんだ。 自分の女々しさにもモヤモヤするが、返事を返してくれないナオキに対しても腹が立ちそうになる。 チャラ男よ。来てもないあんたのメッセージのために、どんだけスマホを開かせるんだよ。 だんだん疑惑や苛立ちすら出てきた。 昨日のあれはなんだったんだ。 ......と、またスマホを開いてはため息をつく。 「酒の力ってスゴい」 と全てを酒のせいにして、きっとタイプじゃなかったんだろうなー、自分とは吊り上わないもんなーと己を慰めてまた仕事に戻った。 18時半。 なんだかんだで仕事も終わり、結局いつも通りの会社勤めが終わった。 「たーけちゃん、今夜暇でしょ?」 同僚の北島だ。 北島のこの感じはメシか飲みの誘いだ。 「暇って決めつけんなよ暇だよ」 「飲みいこー」 「はいはい」 今日一日のモヤモヤを晴らすには丁度いいやと思った僕は、こいつと飲んで忘れよという気分になっていた。 ゆうても昨日の出来事。 失恋というほどでもないし、酒飲んで気晴らしすれば明日は今日より気分もスッキリするだろう。 北島の飲みの誘いは、ひとつ後輩の都築くんとその彼女の阿部ちゃんも一緒だった。 みんな同僚だ。 同僚といってもこのメンバーとはよく飲みに行く気の知れた飲み仲間。 気を使うこともないし会話も弾むので居心地がいい。 会社近くにあるリーズナブルなイタリア料理店で、ワインを2~3本空けるのがいつものパターンだ。 いつものメンバーで、いつもの場所で、いつもの飲み方で、いつもの飯をつつく。 他愛のない話や上司の悪口。 たまに都築&阿部カップルのノロケを見せられながら、仲間との心地のいい時間を過ごしているうちに、日中のモヤモヤはすっかり癒えていた。 「阿部ちゃんたちさぁ、なにがきっかけだったの?」 「なにがって?」 「付き合ったきっかけ」 人の恋愛にはあまり興味はないが、わりと美男美女のこのふたりはお似合いだと思う。 吊り合ってるなーと思う。 バランスがいい。 それに比べて昨日のチャラ男と僕は、やっぱり吊り合っていない。 「僕らふたり同期なんすよ。新人研修の帰りに飲み行きましょーってこの人に誘われて」 「えー、あたしだっけ? 誘ったの」 都築&阿部カップルが馴れ初めを語りはじめた。 「そーだよ。この人めっちゃ酔っ払ってトイレから出てこなくなっちゃって」 「初飲みやろ?最悪やん阿部ちゃん(笑)」 「やめてよもぉー」 「そしたら店員さんが俺に『彼女さんトイレから出て来ないから他のお客様もお困りで』って」 「付き合ってるって勘違いされたのー」 「そんで、仕方なくトイレ迎え行ったんだけど全然出て来なくて、店員さんに頼んでトイレのドアこじ開けてもらったんですよ」 「まじかよー」 こんな話は馴れ初めでもなんでもない。 興味深い話はその後だった。 ドアをこじ開けたトイレの中で、阿部ちゃんは爆睡していたそうだ。 起こすと「なに都築くん、心配してくれたの?やだ優男。好きになっちゃうぞ」と、阿部ちゃんに抱きつかれ、突然キスされたのだと都築くんは語る。 「キスとかされたら男って勘違いしちゃうじゃないですかぁ」 都築くんよ、お前はなんて可愛いんだ。 結局、都築くんは酔っ払ってされた阿部ちゃんからのキスを真に受けて、恋愛として気になるようになってしまったそうだ。 その後、ふたりがどういう流れで付き合い始めたのかはよく聞けないまま、僕は破裂寸前の膀胱をなるべく揺らさないようにそっとトイレに向かった。 用を足しながら「まてよ」と昨夜を思い出す。 キス.....。 僕は昨日、ナオキと居酒屋でキスをした。 あれはどっちから仕掛けたんだ? 唐揚げマウストゥーマウスは向こうだ。 でも枝豆取り上げで生キスしたのはこっちだ。 そして現に今ナオキのことが気になって仕方がない。 俺も都築くんと同じようなものか。 膀胱をスッキリさせ手を洗っていると、お尻のポケットが「ブッ」と震えた気がした。 半乾きの手で何気なくスマホを抜き取り画面を見る。例のアプリから通知が来ている。 「......!」 トイレの洗面所で急いでアプリを起動する。 ナオキかもしれないと、一日のモヤモヤが帳消しになるくらい心が踊った。 開いてみると知らない人からの『イイネ』が3件とメッセージが5件。 イイネなんてどーでもいい。迷わずメッセージを開くと、そこには一日待ち望んだナオキからのメッセージが届いていた。5件とも彼からだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー こちらこそー! めっちゃ楽しかったよ(^-^)ノ 1702 ^^; ..... _ ̄|○ il||li 17:02 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー しかも職場に充電器あると思ったのに 断線してたのか使えなくてさー。 お昼にコンビニで充電器買っちゃったw 1703 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 仕事おわり! タケル~~~(><) まだ仕事中かな? 18:36 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 昨日会ったばっかなのにもう会いたい笑 20:28 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー やっとナオキから返事がきた。 そのまま洗面所前の鏡に目をやると、ホッとした馬鹿面の自分がいて苦笑する。 5件目のメールが何より嬉しかった。 一日中モヤモヤしていた昼間の自分はどこへ行ったのか。 嬉しくてすぐにメッセージを返そうと思ったけど文字を打つ手を一旦止める。 こんなに待たされたんだ。 すぐに返してたまるか。 あーもう、こういうとこが素直じゃないんだよなぁ。 でもこの嬉しさをもう少し味わいたい。 だからもう少し時間を空けよう。 最後のメッセージは20:28。 21時くらいにしよう。 うん、そうしよう。 安心したところでひとつだけ引っかかることを思い出した。 俺たち、本当に付き合ってることになってるんだろうか? まぁでも昨日の今日でそんなに先急ぐことはない。成り行きに任せよう。 そう思い直してスマホをポケットにしまう。 みんなの席に戻ろうとした時、またポケットが震えた。 アプリからのメッセージだ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー そういや、昨日の会話覚えてる? 「付き合お」ってやつ。 なんかノリみたいになっちゃったからさ。 改めて言いたいんだけど。 今夜すこしだけ会えない? 20:32 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 僕はもう1度鏡を見た。 やっぱり馬鹿面だった。 つづく

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