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第3話「晴れて、彼氏ができました」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー そういや、昨日の会話覚えてる? 「付き合お」ってやつ。 なんかノリみたいになっちゃったからさ。 改めて言いたいんだけど。 今夜すこしだけ会えない? 20:32 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 駆け引きなんてしてる場合じゃなかった。 僕は「付き合う」という事実を早く感じたくて、すぐにナオキにメッセージを送った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 21時半くらいでもいいかな? あ、LINEに切り替えようか。 QR送ります。 20:33 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 完全に僕の心はナオキに落ちていた。 同僚たちがいる席に戻りながら、LINEのQRコードを添付し、同時に飲み会を離脱する理由を考える。 「ごめん、ちょっと急用。先帰るわ」 あまりにシンプルで曖昧な理由にみんな納得いかないようだ。 当然のブーイング。 彼らの拘束は15分ほど続いたが、これも想定内だった。 ブーイングをなんとか振り切り、ごめんごめんと店をあとにした。 ナオキからの次の返事はLINEで送られてきた。 待ち合わせは昨日と同じ場所。 電車を乗り換えても20分あれば間に合う。 小走りになる気持ちを抑えて待ち合わせに向かう自分に、俺ってなんて単純なんだと呆れそうになる。 昨日出会ったばかりの人に会いにいくことがこんなに心踊るなんて、初めてかもしれない。 予定の時間よりも10分ほど前に到着したので、駅前のコンビニのトイレで少し髪型でも整えようかと思っていたが、待ち合わせ場所にすでにナオキは着いていた。 彼は俺を見つけてニカッと笑顔を見せ、「よぉ」という感じで手をあげる。 今日は自転車ではないようだ。 それにしてもなんだろ、まだ2日目だというのにもっと前から知り合いかのような親しみやすさだった。 「早っ。待たせちゃった?」 「うん、早くタケルに会いたくて」 照れて返事に詰まる。 「キュンとした?」 「やめんか心見透かすの」 「かわいい」 ほんとチャラいが、嫌な気はまるでしない。 「今日はチャリじゃないの?」 「そ。今日は仕事終わりで直接来た」 「昨日は一旦帰ったん?」 「仕事で汗だくだったからシャワー浴びないと、初めて会うのにクサクサじゃさぁ」 「汗だくになる仕事なの?」 「そだよ」 「え、なんの仕事してんの?」 そういえば、この人のことを俺はまだほとんど知らない。そりゃそうか。まだ昨日会ったばかりだ。 「一応ダンサー」 「え、そうなの? すごっ!」 「凄くない凄くない。どーする?メシ食った?」 「職場の友達と少し。まだ食べてない?」 「ごめん、もしかして途中で抜けさせちゃった?」 「大丈夫、ちょうどキリがよかったからさ」 嘘だよ。 ブーイングの嵐を振り切ってきたなんて言えない。 「どうしよう、酒飲む?」 「どっちでも」 「昨日飲みすぎちゃったしなー。今日はファミレスとかでもいい? 酒抜きで話したいし」 「あ、うん」 酒抜きで話したいこと。 すでにメッセージで予告されているのでわかっちゃいるが、妙にドキドキした。 いや、浮かれてる場合じゃない。 もしかしたら「会ったばかりでお互い知りもしないのに付き合うってのは早いよね」的な話になる可能性だってある。 なんならむしろそうするべきだ。 だからそれに対しての答えだって用意する必要がある。 でも改めて「付き合ってください」と言われちゃった場合はどうする? どうする?じゃねーよ、「はい」とか「うん」とか「こちらこそ」とかでいいじゃないか。 あー、なにこの妄想夢芝居! 落ち着け自分。 そんなことをひとり暴走している間にファミレスに到着した。 ファミレスの照明は昨日の居酒屋より明るく、改めて彼の顔を眺めて「やっぱイケメンだなぁ」と感心する。 同時に自分のことも改めて見られることで、ガッカリされるかもしれないという恐怖に襲われる。 料理とドリンクバーのセットを注文し、店員がいなくなったところで、ナオキは深呼吸をして少しだけ真面目な顔を見せた。 え、今くるのか。 食後とかじゃなくて今? まてまて、まだ心の準備が。 「あー、なんか改まると緊張するね」 「緊張されるとこっちまで緊張する」 「えっとね、昨日はありがとう」 「なんだそれ(笑) こちらこそ」 「楽しかった」 「うん、俺も」 「あのさ、昨日はノリで言っちゃったけど」 「うん、酔ってたもんね」 「普段あんなペース早くないんだけど」 「めっちゃ早かったよね」 「酔っ払ってたからじゃなくて、会った時からめっちゃタイプだなって思ったんだ」 「ありがとう」 「だからつい舞い上がってお酒が進んじゃって」 お上手ですね。 「酒が入ってたから突っ走っちゃったけど、一目惚れってやつ」 「うん」 「だからさ」 「うん」 「付き合ってくれないかな」 「うん」 あかん。「うん」しか出てこない。 「いいの?」 「昨日もいいよって返事したじゃん」 「改めて、いいの?」 「うん、改めて、いいよ」 「あー、よかったぁ.....緊張した」 嬉しそうにホッとした表情を見せる彼。 この人なんかかわいいな。 「記念日は? 昨日? 今日?」 記念日とか気にするんだ。 やっぱりこの人なんかかわいい。 「昨日だと29日かぁ。今日の方がキリが良くて覚えやすいね」 「じゃあ今日ってことで」 「6月30日がお付き合い記念日ね」 「じゃあ改めまして。カワイナオキです」 「カワイなんだ。字は?」 「さんずいの『河』に井戸の『井』。ナオキは日直の『直』に樹木の『樹』」 「付き合ってから苗字知るとか(笑)」 「タケルは?」 「ワカマツだよ」 「ワカマツは普通に若いに松?」 「そそ。タケルは漢字覚えてる?」 「覚えてるよ。てかLINEの名前すでに変えてある。❤️も追加しとこっと」 「じゃ俺も」 ラブラブかよ。 幸せかよ。 2人してLINEの名前に苗字を追加し、初々しく会話を弾ませながら付き合って初めてのご飯を食べた。 どこにでもあるこのファミレスも、勝手に記念すべき場所に認定された。 6月の終わり、俺は晴れて彼氏ができた。 つづく

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