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第34話 同じ空の下

 逞しい腕が伸びてきて、胸の尖りが、スベスベした慶二の綺麗な指の腹で擦られる。そこはすぐに、ぷっくりと赤く勃ち上がった。 「ぁん・慶二……っ」 『イイ声だ。もっと聞かせてくれ。脇腹を通って、内ももを撫でるぞ』  片手には携帯、片手は慶二の言う通りに動く。  瞳を閉じると、頭の中では慶二の腕に変換されて、僕は湯船の中でビクビクと跳ねた。お湯が、チャプンと揺れる。 「あ・やんっ……慶二、触って、ちゃんと触ってっ」 『いつからそんなに、強請り上手になったんだ……悪いコだ。仕置きが必要だな。握るぞ。扱きはしない』  僕は泣きそうに顔を歪める。 「やぁ・あ、あ……慶二、お願いっ」 『仕方ないな。歩は、何処が感じるんだった?』 「さ、先っぽ……」  震える声で告白する。 『そうか、素直なのは良いコだな。ご褒美に、先っぽを弄ってやろう。親指の腹で、撫で回してやる』 「あっ・ぁん・すごっ……イイっ」  僕は思わず腰を動かす。タプンタプンとお湯の揺れる音が、伝わったらしい。  慶二が、喉の奥で忍び笑った。 『ああ、堪え性のないコだな、歩。もうこんなにして。カチカチだ』 「慶二、イく、イきたい……っ」 『じゃあ、もっとよく見えるように足を開け』  動いた分、タプン、とお湯が湯船から零れる。 『よし。良いコだ、歩。扱いてやろう。イくまで、たっぷりとな……』 「アッ・んぁっ・慶二っ・気持ち・いっ」 『よく見えるな。真っ赤な果物(くだもの)みたいだ。先っぽから、透明な汁がトロトロ出てる……』 「ひゃ・あんっ」  セクシーなバリトンで囁かれるだけでも際どいのに、電話越しに耳元に息が吹きかけられて、僕は足の爪先をきゅっと逸らせた。 「イく・イっちゃ……」 『俺もイくぞ。一緒だ』  一緒の湯船で、扱き合いっこしてるしてるような感覚になる。 「ア・イッ・イくっ! ふ……ッア・ンアァ――ッ!!」  一瞬遅れて、慶二も息を詰めたのが分かる。 『ック……はぁ……』 「はぁ……はぁ……慶二……悦かった……?」 『ああ。歩は最高だ。感度が良くて、気持ちいい事に素直で……』  スラスラと言葉が紡がれ、僕は慌てて待ったをかけた。 「ス、ストップ、慶二」 『どうした』 「その声で責められたら……」 『たら?』  元より赤い身体が、更に一段、明るくなった。 「また……したくなっちゃう」 『ふふ……本当に素直だな、歩。食べてしまいたい』 「慶二って……ドSだよね」  耳元の声にドキドキしながらも、苦情を上げる。  意外にも、驚いたような声音が返った。 『俺が? こんな紳士を捕まえて?』 「何処が紳士だよ……やらしい」 『やらしくない男なんか、この世に居ない。やらしい紳士なんだ、俺は』  いけしゃあしゃあと涼しげに言うのが可笑しくて、僕は派手に噴き出した。 「矛盾してる、慶二」 『ああ。この世は矛盾だらけだ。今すぐ歩を抱きたいのに、こっちではマイナス二十五度で凍えてる』 「あ……ロシアだもんな。風邪引かないで、慶二」 『歩は、のぼせないようにしろよ』 「うん……何か、クラクラしてきた」 『今すぐ上がって、水分を摂れ。経口補水液をな』 「誰のお陰で、のぼせてると思ってるんだよ」  ドヤ顔が見えるような、自信を持って発された。 『俺のお陰だ』 「もう、慶二ったら……ふふ。じゃあ、上がるね。おやすみなさい」 『ああ。愛してる、歩。おやすみ』 「うん。愛してる」  こちらから切るまで、慶二は黙って待っててくれる。一つ微笑んで、僕は終話ボタンをスライドした。  のぼせ気味だったから、裸にバスローブを引っかけ、大きな冷蔵庫を開けて水分を探す。  でも想像してたようなスポーツドリンクはなくて、ホントに『経口補水液』って書いたペットボトルがあって、何だか慶二らしくて笑っちゃった。     *    *    *  それから数日経ったお風呂に、また電話がかかってきた。  どうして慶二と僕って、お風呂のタイミングが合っちゃうんだろう。  クスクスと漏らしながら、携帯を耳に当てる。 「もしもーし!」 『もしもし、佐々木歩さんの携帯ですか?』  だけど女の人の声で丁寧に確認されて、僕はビックリして湯船の中で姿勢を正した。 「は、はい」 『わたくし、PPプロの桐生(きりゅう)と申します。遅くにすみません。お時間よろしいですか? 五分ほどで済みます』 「はい!」  PPプロ! オーディションの話だ! 『先日は、オーディションにお越し頂いて、ありがとうございました。幾つか、確認事項がございまして』  何だ……受かったって話じゃないのか。僕はちょっとガッカリしたけど、声に出ないように注意した。 『当初、映画の主人公"ボク"は、冒頭シーンのみ"アタシ"と混在していて、"ボク"だけが濃厚に描かれる予定でした。ところが、審査員として貴方のオーディションを観ていた脚本家のエディット・スミス氏が、貴方の演技プランに感銘を受けまして、脚本を大幅に修正し、ラストシーンを貴方の演技プラン通りにしたいと申し出られました。ここの著作権に関しまして、ご了承よろしいでしょうか? 勿論、契約金が発生します』 「はあ。結構です」  評価されたのは、プランだけか……でも、エンドロールにちょっとくらい名前が出るだろう。姉ちゃんに威張れるな。 『あと、もう二点』  声は、淡々と続ける。 『事務所に所属してらっしゃいませんが、完全にフリーの方ですか? マネージャーがいらっしゃれば、そちらに確認したい事があるのですが』 「マネージャーさんは居ません。フリーです」 『では、最後の一点を、ご本人に確認します。"ボク"だけでなく"アタシ"の二役という事になり、少々肌を露出するベッドシーン、キスシーン、女装シーンなども含みますが、この点、覚悟はおありですか?』 「……え?」  聞き取れなかったんじゃない、内容が入ってこなかったんだ。  女性は、復唱しようと息を吸い込む。僕が遮った。 「つまり……合格って事ですか!?」  やっぱり女性は淡々と対応する。合否の連絡担当なのだろうか、食い付くような反応にも、驚かなかった。 『最終確認中です。先ほどの条件を、演じる覚悟はおありですか? この作品は、万人に向けられたものではありません。いわゆる賛否両論の、問題作になると思います』  あ……三沙くん、ベッドシーンがあるって言ってたっけ。例えばの話じゃなかったんだ。  僕は慶二に確認するべきか、数秒迷って……キッパリと言った。 「……はい。是非、出演させてください」 『おめでとうございます。オーディションは、佐々木歩さんが合格になります』 「ありがとうございます! よろしくお願いします」  僕は、自分の力で、慶二につり合うようにならなくっちゃ。いつまでも無職でいたら、遅かれ早かれ、例の匿名掲示板みたいな事件が、また起こりかねない。 『こちらこそ、よろしくお願いします。近々(きんきん)のワークショップや顔合わせなどのスケジュールは、パソコンにお送りしてよろしいですか?』 「はい。お願いします」  慶二の家にはパソコンが何台もあって、一台を僕専用に貰ってた。  ――トゥルル、トゥルル。  あ、キャッチの通知音が鳴る。  『それでは、後ほどパソコンのメールをご確認ください。お忙しい所、お時間頂いてありがとうございました』 「はい、ありがとうございました。失礼します」  丁寧に切ってから、キャッチを取る。 「もしもし……」 『歩! 出るのが遅いから、心配したぞ』 「ちょっと、連絡受けてた」 『連絡? 何のだ?』  僕は、焦らしてクスクスと含み笑う。慶二がハッと息を飲んだ。 『まさか……』 「その、まさか。僕、主役デビューするよ!」 『おめでとう、歩!!』  内容を知らない慶二は、爆発的に喜んだ。  ちょっと良心が痛むけど、演技の楽しさを仕事に出来るなんて、こんなチャンスもう二度とない。 「慶二、ホテルに泊まってるんでしょ? あんまり大声出したら、換気扇から隣に聞こえるよ」 『そ、そうか。待て。いったん待て。落ち着こう』 「落ち着いてないのは、慶二だけだよ」  僕の慶二は、何て愛おしいんだろう。笑いが堪えられなかった。 『皮肉を言うな。可愛くない』 「どうせ、可愛くないもん」 『いや、訂正する。歩は可愛い』  スクランブル交差点での荒療治のお陰で、僕は着実に自信をつけていた。「可愛い」にも動じない。 『そうすると、スケジュールを管理する者が必要になるな』 「あ、それ、お願い。平良さんが良い」 『ああ、それが妥当だな。平良は、歩付きに変更だ』 「あともう一つ、お願いがあるんだけど……」 『何だ?』 「会って、直接言う」 『そうか。あ、明日の夜、平良を通して歩宛てに荷物が届くから、受け取りを頼む』 「何? ピカルくんのマトリョーシカ?」 『その手もあったか』 「ふふ、楽しみにしてる」  そして僕たちはまた、愛を囁き合って床につく。  どんなに離れていても、同じ空の下。

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