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第35話 誕生日プレゼント

 パソコンのメールを確認したら、二週間後から、忙しなくスケジュールが詰まっていた。  ついでに脚本家のエディット・スミスという名前が、何となく聞いた事があるような気がして検索してみたら、アメリカの映画の最高峰、アカデミー脚本賞を取った事がある人だった。  わ……流石、小鳥遊。他のスタッフにも力入れてるんだろうな。  慶二……二週間後までに、帰ってくるかな。映画って、構想何年、撮影何年とかって聞いた事ある。慶二とちゃんと結ばれる前に、忙しくなっちゃったら、やだな。  僕が選んだ道だけど、そんな風に思いながら、ベッドに入ってうとうとする。  会いたくなった時の為に、パスポート作っておこうかな……会えるかな……。後は瞼が下りてきて、寝息に思考が溶けていった。     *    *    *  朝ご飯を食べて、歯を磨いて、ウォークインクローゼットから、洋服を選ぶ。毎日の楽しみだった。  今日は、裏起毛の黒いレギンスにレッグウォーマー、ワンサイズ大きめなターコイズブルーのジップアップロングセーター。暖かいし、楽だ。  着替えて前髪をワックスで整えてから、リビングのインターフォンを押して、平良さんを呼んだ。 『おはようございます。そして、オーディション合格、おめでとうございます、歩様』 「ありがとう」  僕は頬をかいて、照れ笑う。 『昨夜、慶二様から仰せつかりました。この老骨、平良めが、歩様のマネージメントをさせて頂きます事、光栄でございます』 「僕が、平良さんにしてって頼んだんです。よろしくお願いします!」 『こちらこそ、よろしくお願い致します』 ひとしきり挨拶を済ませると、さり気なさを装って、荷物の事も訊いてみた。 「あと、今日の夜、僕宛てに荷物が届くって言われたんだけど、中身が何か、聞いてませんか……?」 『生憎(あいにく)と、私もお荷物としか聞かされておりません』 「そうですか。じゃ、平良さん、荷物もよろしくお願いします」  僕は、てっきりピカルくんのマトリョーシカだと思ってた。  今日は、僕の二十三歳の誕生日なのだった。     *    *    *  一体何がつくのか、ソワソワとして、後は合格が夢じゃないかと思って、何回もパソコンの文面を確認している内に、一日は過ぎていった。  テレビと新聞のニュースは、毎日チェックしてる。遅めの夕ご飯を食べながら、国営放送を見ていたら、懐かしい顔が映った。慶二だった。  事故原因を特定した事、人為的ミスではなく不可避の天災だった事、行方不明者全員が発見された事、今後小鳥遊財閥が被災者に手厚く補償する事、を話してる。  一段落ついたって感じかな。行方不明者がいなくなったって事は、二十四時間体制で構えてなくて良いって事だよね。ゆっくり眠って欲しい。  チンしたチーズハンバーグを頬張りながら、慶二に想いを馳せていた。  ――ピンポーン。  インターフォンが鳴った。荷物だ!  僕は慌てて紅茶で口の中のものを流し込むと、ボタンを押した。制服の平良さんが、何だかニコニコして映っていた。  あれ? 平良さん、ポーカーフェイスの筈なのに……。何が届いたんだろう。 『歩様。ただ今、慶二様からのお荷物が届きました。運ばせて頂きますので、お待ちください』 「はーい」  僕は、自動ドアの前でスタンバって待つ。平良さんがあんなに笑うなんて、何だろう。  慶二、ちょっと気障だからな。百本くらいの薔薇の花束とか、平気で贈ってきそう。  ドキドキワクワクしていると、ヴィン……と、エレベーターが最上階に着く音がした。  インターフォンを確認すると、平良さんだ。僕は何の疑いもなく、自動ドアを開けた。 「……!!」  信じられない『誕生日プレゼント』だった。二十三年間生きてきた人生で、一番嬉しいものだった。 「……歩。ただいま」  黒いスーツの慶二が、革靴を鳴らして近付いてくる。後ろでは平良さんが、深々と礼をして、自動ドアが静かに閉まる所だった。  しばらく、目が点になってる僕を面白そうな顔で見下ろす慶二に見とれてたけど、急に嬉しさが沸々と実感を持ってこみ上げてきた。 「……慶二! おかえりなさい!!」  僕は慶二に飛び付いて、ポロポロと涙を零した。嬉し涙を流したのなんか、初めてだった。 「うぇぇん、慶二ぃ……」 「泣くな、歩。心細かっただろう、もう大丈夫だ」  着痩せする逞しい胸板に縋って洟をすすっていたら、指の甲で頬を撫でられた。早速、僕の好きな仕草だ。  僕が落ち着くまで髪を撫でてくれて、額に唇が何度も触れた。 「髪、上げたんだな。よく似合ってる、歩。額にキスも出来る」  そうして、何でも出てくる内ポケットから何気なく、剥き出しのキラキラ光るネックレスが出てきて、慶二が後ろに回ってつけてくれた。   「二十三歳の誕生日おめでとう、歩」  スタンドミラーの角度を変えて、僕の顔が映るようにしてくれる。  それは、首元で連なってしゃらしゃらと揺れる、外国のプリンセスが正装の時につけるような、ボリュームのあるダイアモンドのネックレスだった。 「お返しだ」 「ピカルくんの?」 「ああ。俺にとっては、これ以上の価値があった」 「嬉しいけど……僕にお金使い過ぎだよ、慶二」  ちょっと苦笑すると、慶二が押してくる。 「女優は、王妃にもなれるんだぞ。俳優だって、小鳥遊に勿体ないくらいの肩書きだ。これくらいは、何かの時の為に用意しておく必要がある」 「そ、そう?」  押しに弱いのと、慶二とつり合うパートナーになれた事が嬉しくて、僕は頬を上気させて慶二を見上げる。  そしてふと思い出し、急に恥ずかしくなって俯きながら、小さく願った。 「慶二。お願いが、一つあるんだけど……」 「ああ。昨夜(ゆうべ)、言ってたな。何でも言ってみろ」  僕は、誰が聞いてる訳でもないのに、掌で衝立を立てて、慶二の耳にこそっと囁いた。 「何っ!?」  一瞬、慶二の顔が険しくなる。 「だから……ねっ?」  でも僕が照れながら小首を傾げると、慶二は僕の顎を取って口付けた。  最後に触れた時とは違う、優しく啄むようなキス。だんだん互いに熱がこもり、はむはむと角度を変えて、唇を食み合った。 「ん、はぁ……わっ」  睫毛を伏せて口付けの甘さに酔っていたら、軽々と抱き上げられてしまい、慌てて首に腕を回す。  初めて、慶二の寝室に運ばれた。  わ……ベッドは、キングサイズだ。よくこんな、スカスカのベッドで眠れるな。  なんて思っている内に、柔らかなマットレスに下ろされる。スプリングが軋むなんて、そんな野暮な事はない。  初めての感触だけど……これが、ウォーターベッドっていうやつか。    慶二の指が、セーター正面のジッパーにかかって、ゆっくりと下ろされていく。空調が快適で寒くなかったから、中には何にも着ていなかった。  え……始まっちゃう?  僕は慌てて、レギンスにかかる慶二の両手を制止した。 「待って、待って。お風呂……」 「すまない、歩。我慢出来ない。お前が口説いてきたんだ、これの責任を取ってくれ」  これ、と言った時、大きくテントを張っているスラックスの前が示された。

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