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第1話 婚活パーティ
「佐々木さんて、趣味は何ですか?」
「え、あ……趣味……ゲーム……ですかね」
モゴモゴと口の中で喋る。
姉ちゃんに無理やり申し込まれて、思いきって婚活パーティーなるものに来てみたけど、多分僕がこの五十人くらいの中で、一番年下だ。
アラサー、アラフォーのお姉さんたちに囲まれて、僕はドギマギと挙動不審に答えてた。
これだけ人が居れば僕なんか相手にされないだろうと、ちょっとしたリハビリみたいなつもりで来たのに、いきなりこの展開は何なんだ!
混乱した頭を押さえて、額に汗を滲ませる。
僕の後手後手な反応を見て、さっさと鞍替えした女性が多かったけど、それでも僕をギラギラした目で値踏む数人の女性たちは、けっして引き下がらない。
「あ……あの、僕、お手洗いに……」
女性と目を合わせるのもままならないのに、急に会話なんてしたものだから、目眩がして人垣の中を抜け出す。
残念そうな溜息が追い縋ってきたけど、僕は構わずに小走りに会場を抜け出した。
「はぁ……」
お手洗いの前まで行って、中には入らずに、人待ち用のベンチにへたり込むように腰掛ける。
だけど間髪入れずに、カツカツという足音が角の向こうから追ってきて、僕は女性と二人きりになる恐怖に凍り付いた。
「ひぇ……」
情けないけど、変な声が出てしまう。
僕は両手で顔を覆って俯いた。本当に、気分が悪い。
足音が目の前まで来て、気配が隣に腰掛けた。ひぃぃいいいい。
「大丈夫ですか?」
「……えっ」
だけど確信に近い予想に反して、かけられたのは落ち着いたバリトンだった。
顔を上げて長い前髪の隙間から覗くようにして窺うと、アラサーくらいの精悍な顔立ちの男性だった。
僕みたいに就活用の量産スーツじゃなく、グレー地にシルバーのストライプの入った、いかにもフルオーダーの上質で身体にピタリと合ったスーツに長身を包んでる。
でもそれが嫌味じゃなく似合ってるのは、上品な佇まいだからかな。
百六十四センチの僕の、頭一つ半以上は高い。
男性なら一目でこれくらい観察出来るのに、女性っていうだけで途端に逃げたくなる僕は、やっぱり何処か欠陥があるんだろうか。
再確認してしまい、再度溜め息を吐くと、スッと白いハンカチが差し出された。
「気分が悪いんですか? 凄い汗だ。これで拭いてください」
わっ。ハンカチも高そうな、イニシャル入りだ。ライトパープルの刺繍糸で、『K.T.』とある。
僕は慌てて顔の前で小刻みに両手を振った。
「い、いえ。そんな高そうなハンカチ、使えません!」
思ったままを口に出したんだけど、男性はちょっと切れ長な目を見開いた後、クッと笑った。
わぁ……笑い方も上品だ。優しい笑い皺が、薄ら目尻に刻まれる。
「はは。気分が悪いのに、そんな事を気にする必要はありませんよ。使ってください」
右手が握られ、ポンと掌にハンカチが握らされた。
気後れしながらも、何事も押しに弱い僕は、そっとハンカチで額を拭う。
細かい判別なんか出来やしないけど、シトラス系の香水が仄かに香った。
「あ、ありがとうございます。洗って返します」
条件反射で出た言葉だったけど、男性は嬉しそうにまた微笑んだ。
「若いのに、しっかりしているね。構わないよ、そのままで。では、自己紹介をしようか」
「はい。僕、佐々木歩 です」
「折角の縁だ。連絡先も交換しよう。ここに、名前と住所、電話番号を書いてくれないか」
「はい」
ジャケットの内ポケットから、畳まれた紙とこれまた高そうな万年筆を取り出す。
僕はベンチの上で紙に連絡先を書き、男性に手渡した。
「ありがとう。私はこういう者だ」
何でも出てくる内ポケットから、一枚の名刺を受け取る。
あれ? 『K.T.』さんだよな。
「ことり、ゆう、さん?」
三度 、笑い皺が刻まれた。
「小鳥が遊ぶと書いて、『たかなし』と読むんだ。小鳥遊慶二 。これからよろしく、歩くん」
「へぇ、面白い名前ですね。鷹が居ないから、小鳥が遊ぶんだ!」
「ああ。察しが良いね、歩」
え? いきなり呼び捨て?
驚く僕の目線の高さに、小鳥遊さんは、僕が連絡先を書いた紙をパラリと開いた。
僕の子供っぽい丸文字の上には、何やらビッシリと細かい箇条書きがタイプされている。
その一番上には、大きな題字。
「け、『結婚契約書』!?」
「そういう事だ。歩は、察しの早い良いコだよな?」
たった今まで上品な紳士だった小鳥遊さんは、片頬だけを上げてシニカルに笑った。
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