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第1話
隆一さんの唇は硬く荒れていたけれど、不思議と甘かった。
隆一さんからはいつもタバコの香りがしていたけれど、喘息持ちの僕は隆一さんがタバコを吸っているのを一度も見たことがない。
僕たちは出会うべきでない場所で出会った。
隆一さんは、全身に血を浴びてナイフを持った僕に「May I help you?」と言った。隆一さんを見て『口封じ』という言葉しか頭に浮かばなかった僕は、あまりのことにポカンと口を開けた。
その時、僕は確かに誰よりも助けを必要としていたし、誰かに何もかも懺悔したかった。隆一さんは僕と一緒に穴を掘って死体をうめてくれたし、僕ががくがくと震えながらありのままをしゃべるのを、馬のように優しい目をして聞いてくれた。僕は隆一さんの部屋で朝まで暖かくうずくまっていることができた。
隆一さんは何もしゃべらなかった。僕を一人にしてくれて、一人きりにはしなかった。僕が落ち着いて目をつぶると隆一さんも眠ったようだった。
朝早く、新聞配達の音で目を覚ました。隆一さんはまだ眠っていた。うっすらと無精ひげがはえた頬はこけていて人生にくたびれているように見えた。僕は音をたてないように気をつけて部屋を出た。
血だらけの服は隆一さんがごみ袋に入れてくれた。服も貸してくれた。年齢にくらべて成長が遅い僕には隆一さんのシャツは大きすぎて指まで袖に隠れた。
早朝のいやに爽やかな空気のなかを僕は一人、真っ黒なタールに足をとられているような気分で歩いた。ウォーキングしているおじいさんや運動部らしい女の子とすれ違って、彼らとは遠く離れた薄暗いところに帰った。
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