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第22話 First kiss

 うちの会社の社員食堂は、早朝から深夜までいつでも利用できる。軽いミーティングから、体育会系オニーサンのガッツリ栄養補給、メタボに悩む単身者の体調管理、系列の店舗の新メニュー案の実験台、と、なにかと便利に利用されている。  金曜日のティータイム日替りスイーツは、毎週様々な揚げたてドーナツ。ちなみにランチは天丼かミックスフライ定食(怖くて聞けないけど絶対金曜日=フライデーだから揚げ物なんだ)。  今週のドーナツ『揚げたてコロコロあんドーナツ』に釣られて、俺も食堂へやってきた。 チャイナタウンの持ち帰り炒飯みたいな深めの紙箱に揚げたてドーナツを5つと爪楊枝。コーヒーは社長肝いりのエスプレッソマシンから調達する。  この時間に腹ごしらえして、あと2時間ばかり作業して、週末はのんびりしようという作戦だ。  今日は「残業無しで帰ったほうがいいよ」と言われている、もう誰も覚えていないスーパーフライデー。一応17時に就業時間が終わるのに16時半に食堂でコーヒーを飲んでいる人は、絶対定時に上がるつもりのない人だろう。  窓際のカウンター席に陣取っている2人は、寮の先輩 服部さんと俺の年上部下 仙道さんじゃないか。この2人、同学年らしいけどそうは見えないな。  自由な服部さんと、大人な仙道さん。仙道さんが服部さんに振り回されているのかと思いきや、余裕の仙道さんが服部さんをやり込めていたりするので、意外な一面が見られて面白い。 「あ、船山が来た!なんだよ、いいところだったのに邪魔するなよー」 「なんですか、邪魔なんかしませんよ。一体なんの話だったんですか?」  仙道さんは笑うばかりで答えてくれず、服部さんは勿体つけたようにニヤニヤして言う。 「仙道の初めてのキス、幼稚園の年長の頃だって話、聞いてたところ!」  ふ、二人共!仕事中になに話してるんですか! 「あ、やっぱり赤くなったー!  しかしませたガキだよなー!年長さんかよ」 「そういう服部は?いつ?」 「小1。あ、でも覚えていないだけでもっと前にもあるのかもしれないなー」 「なんだそれ。人のこと言えないじゃないか」  俺はその手の話には巻き込まれたくないから、座席三つ分空けて座った。  まだキスの話は続いているらしいが、空調とBGMの有線放送が邪魔して聞き取りにくい。 「普通アツアツに決まってるだろう」 「出張先で……」 「キスが冷たい?知らないよ、想像の範疇を超え過ぎだろ。」 「そうだよな、俺も最初は……」  そういう話は帰りに飲み屋にでも行って語ってください先輩方。 「逃したのは悔しいだろうけど、また出会うって!出張の多い俺が言うんだ、自信持って言えるよ」 「さすが服部!全国の港みなとを渡り歩く男が言うんだから信憑性あるな」 「あちこちで会うよ、そう珍しくもない。春先とか夏とか」  邪魔だと言いながら、服部さんは俺が話を聞いているのを確認するようにチラチラこちらに目線を合わせる。仙道さんまで迷惑どころかむしろ楽しそうにこちらを伺っている。 「逃した魚は大きいって言うだろ」 「そのことわざ、魚の話に使ったらなんのひねりもなくてかえって笑えるな」  ーーーん? 「魚は鮮度が命だからなあ。」  ーーー魚の話? 「鱚の握りなんて、お目にかかったこともないよ、あっても酢の物だ。」  ーーー(きす)? 「足の速い白身魚だから、大抵は天ぷらだろ」  ーーー天ぷら。 「初めてのキスは天ぷらが王道だよ。  きちんとした天ぷら屋のカウンターに幼稚園の頃連れて行かれるなんて、仙道はとんでもないマセガキだな!」 「服部君だって大して変わらないじゃないか!記憶にないくらい小さい頃なんだろ?」 「それにしても、そこで盗み聞きしてる船山はやっぱり可愛いよなー。鱚の話で顔を真っ赤にして。」  仙道さんが、もう限界とばかりに笑い出す。  二人にすっかりからかわれたと知って、俺は益々赤面した。 <おまけ>  出張帰りの高いテンションで服部さんが絡んできた。 「船山、どうせキスなんかご無沙汰なんだろ? 服部先輩がしてやろうか?ん?」 「鱚ならご無沙汰じゃないですよー。今日の日替りAランチ、天丼に鱚も入ってましたから!秋茄子とインゲンとサツマイモ、あと大きなカボチャですー。」 「カボチャ?入ってた?天丼に?」 「はい」 「ホクホクで皮が白いヤツ?」 「はい」 「そのカボチャさ、…いや、いいんだ」  思い出したように席を立つ服部さん。 「ってことは今日はいるのか。寄らなきゃな。土産買っておいてよかったな」とぶつぶつ言いながら、服部さんは食堂を出て行った。  服部さんって、相変わらず行動が掴めない人だ。

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