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第14話 感染 《水曜日am11:42》

 「船山、そんなに焦るなって。なにをそんなにがっついてるの、まだ午前中だよ?」  独身寮の後輩、船山昇(26)ごときが勢い付いて迫って来ても、仔犬が戯れているようにしか思えない。  「服部先輩、俺は昨日もお預け食らったんですよ?もう待っていられないんです。 ほら!脱いで。脱いでください。ほら、もう諦めて流れに乗っちゃいましょう。抗おうったって無駄なんですから。」  言葉数を増やして、勢いで事を為そうと言うのか。やいやい言いながらにじり寄る後輩に、ひとまず逆らわず後ずさって見せた。下手に刺激してエスカレートするのは避けたくて、船山は脱がないの?と水を向けると、しれっと「俺は脱がない方が。」などと言い切る。  脱げだの脱がないだの忙しいヤツだな。  「着てる方がイイでしょう?今日の場合は。」 ニヤリと口角を引き上げる後輩が、すっかり俺のトレードマークになったマオカラースーツを荒々しく引き剥がすのを、特に止めもせず至近距離で観察する。  極小部署とは言え、自分が管理する部下が居るという事は船山の糧になっているのか。同じ業界から転職してきた仙道さんの影響を受けたのだろう。ここぞの言うときにはうんと強気なところを見せ、駆け引きも覚えてすっかり頼もしくなった。  内勤は服装自由、下手したら学生に見られかねないカジュアルな服装で出社していたのに、この春はカジュアルなジャケットを着回している。…この、真っ白だけどよく見ると織地でストライプを施したコットンシャツは、先日船山がはしゃいで報告にきた生まれて初めてのセミオーダーで作った物だろうか。急に色気付きやがって。  勢いに任せ俺のジャケットを引ん剥いたのかと思いきや、放り投げたりせずに手近な椅子の背もたれに掛け、丁寧に形を整えている。  こういうふとした瞬間に船山らしさが見えた気がして、つい絆されてしまうのだ。この人タラシめ…。  俺の服に掌を当てたまま、会議室の壁の隅を見つめ、船山の動きが止まる。  「時間が無いんです。暢気にしていられる時間が…もう。」  先程までの勢いはどこへやら。自分に言い聞かせるような声で呟いた男は、俺の知ってる船山昇より大人びて見えた。

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