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第17話 総務課 栗原さんは見た……!

(side栗原)  エレベーターホールの奥、階段室の方から、誰かが電話で話している声が聞こえる。 「大丈夫だよ、やつらはしぶといから、すぐ立ち直る。目につくところから引き抜いていけばいい。  殺しても死なないタイプ?悪い言い方だなぁ、それは」  笑いながら、抑えた声で通話が続く。 「一番いい時期じゃないか。『狩る』には。  昔から決まってるんだ。ようやく花が咲き揃ったところを狙うのが、1番働きがいいんだよ」  誰だ?狩ると言ったか?オヤジ狩り?  私達 栗原家 は代々、主の為に力を尽くし、その繁栄を守るためにある。そう子供の頃から教えられた。  20年程前、大学生になった坊ちゃまが、ご友人達と起業なさった。法律、不動産、株式、輸入販売、出版、ホテル経営…… 各分野に長けた方々が、親御さんの支援を受けて集まった多角企業。学生起業で、坊ちゃま達の不在を切り盛りする人材が必要、という時に、私に白羽の矢が飛んできた。もちろん、断るわけがない。  お屋敷の外でもお守りすることができるのなら、私は、喜んでお役目を引き受けましょう。  そしてこの宣戦布告。オヤジ狩り!笑止千万!  坊っちゃまと、その大事な従業員の皆様をお守りするのが栗原家のお役目ぞ!  待てよ、『ようやく花が咲き揃ったところを狙うのが、1番働きがいい』と言ったな。襲撃目的ではないとすると……このところ横行しているヘッドハンティングか? 「上辺だけじゃなくて、ちゃんと根まで、な。鼻先から足元まで丸ごと引き連れて取り込まないと。先輩たちの作ったノウハウは侮っちゃダメだよ」  チームを丸ごと引き抜く計画か?  わが社のような新参企業、主要な部署が丸ごとひとつ抜けたりしたら大打撃じゃないか! 「重役…か。ありがたい響きだねえ。ちょっと古臭いけど。ふふふ、楽しみにしておくよ」  何処かの企業が、我が社の主要事業をチームごと引き抜こうとしている。根回しをしている電話の主には、見返りに重役のポストを用意して。そういうことか。  ぐぬぬぬ…… 「確かに、負い目を感じる気持ちも解るよ。満開を狙うんだ、良い気分ではない。もし納得がいかないなら、去年の結果を思い出したらいい。去年、試しに引き抜いた奴が、どれだけ役に立ったか。ほら、そうだろ?あれだけゴッソリいったのに、今年もピンピンしてる。となると今年も、根絶やしにしたって構わないだろう」  去年狙われたのはどこの企業だったのだろう……  お気の毒な事だ。  これは、なんとしても電話の主の正体を確かめなければ!  足音を立てぬよう、階段室に近づく。  普段から閉ざされたままの重い防火扉を、物音を立てぬよう押し開けると……  通話の主は、仙道だった。やはりこの男だったか。  何を頼んでも嫌がらずにこなし、いわれのない失敗を責めてみても自分のミスだと背負い込み、私の誕生日には有志を募って祝いを持参する。完璧すぎて常々怪しいと思っているのだ。  先日、総務課に提出された、我が社の借り上げ寮への入寮願いの件も、私の一存でストップをかけている。寝食を共にさせるまで受け入れてしまって、もしもこの男が噂される様に“他社のスパイ”だとしたら……  私は、坊っちゃまと、その大事な従業員の皆様をお守りする為にここにいるのです! 。 。 。 。 。 。 。   「おかえりなさい、仙道さん。ご実家、何かありました? 大丈夫ですか?」 「ああ、船山さん、ご心配かけました。なんか、泣き事を言って来まして。  庭先のドクダミ、薬草です。ジュウヤクとも言いますね。それが異常繁殖して手に負えないから刈り取りに来いとかなんとか……」 「それは……!相当寂しがってますね?親御さん。たまには顔見せろ、としか聞こえないです」  仙道さんの親御さん、なんか可愛いですね、と、船山さんが笑うから、先程の面倒なだけの長電話が一気に色を変え、ささやかな親孝行の時間になった。 夏期休暇には帰省して、キンキンに冷やしたドクダミ茶を飲んでこよう。 そして、ちょっとだけ嘘をついて「うまい」と言ってやろうと決めた。 <十薬はすぐ繁殖するんだよね編おしまい>

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