9 / 66

第5話 社員旅行 【1】

「船山、学生時代にこれくらいしてるでしょ?」 え?したことない?なんて不真面目な学生だったんだ、と豪快に笑う社長。 笑わないでください…。 ひたすらこの手の遊びにご縁が無い学生もいるんですっ 社長の気まぐれで、今年のお伴に選ばれてしまった俺は、見たことも触ったことも無い小道具が転がる狭い部屋で、言われた通りにひとりで身仕度を整える。 断ろうと思えば出来た。 でも、相手は勤め先のトップだし、今、このタイミングで大好きなこの職場を辞めるつもりは無いし、まさか無いだろうけど、断ったことでクビになったら困る。 …それに、ほんの少し、この機会に冒険してもいいかなと思っちゃったんだ、俺自身が。 準備のために据え付けられた壁の鏡。そこに映るのは、見慣れない自身の姿。 心臓が口から飛び出しそうだ。 恐る恐るカーテンを開けると、先に準備が済んでいる社長に全身をくまなく見つめられる。 入社5年目。この人に、こんな値踏みみたいな目線を向けられるのは入社試験以来の事だ。 脚の付け根に付けられた金具の辺りに視線を感じる。付け方間違えただろうか… スッと社長の手がそれを締め直す。 「怪我したくないだろう? 素人なんだから、任せておけば良いんだよ。」 いつものからかう様な口調が一転し、真剣なものに。 それでも目が合うと軽く微笑んでくれるのは、緊張しすぎている俺を気遣っての事だろう。 ええい!もうなるようになれっ!! 自分で決めてついて来たんだ。そのまま駆け抜けるしかない!!! そう開き直って大きく息を吸い込んだ。 無意識に呼吸が浅くなっていたらしい。 途端に胸の奥まで新鮮な空気が満ちてきた。

ともだちにシェアしよう!