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ピロトーク:ファーストコンタクト

 葩御 稜と対談する――  この事実が俺たちにいろんな意味で重く圧し掛かり、暗い雰囲気を脱すべく、徒歩十五分のところにある、ファミレスへ行くことした。  騒がしいところに身を置けばお互いに自然と、会話が弾むだろうと思ったからだ。  店内に入ると金曜の夜を満喫すべく、お客が結構いて、席があまり空いてなかった。 「禁煙席でしたら、ご案内出来ますが?」 「ああ。タバコ吸わないのでお願いします」  そんなやり取りを経て、スムーズに着席することが出来たのだけれど――  (何だろう? 店内全体が、どうも浮き足立っているように感じる) 「僕いつもの、おろしハンバーグ定食で」  そう言い残して、涼一はトイレに行ってしまった。その背中を何の気なしに、視線で追いかけてみる。  そして気がついた。客の視線がある一定のところに、チラチラと向けられているのを。  腰を上げてその方向を、目で追って見ると―― 「なっ!?」  今、逢いたくない人間ナンバーワンの葩御 稜が、誰かと楽しげに食事しているではないか!  テーブルに頬杖をつき、フライドポテトを口にしながら嬉しそうな顔して、何かを喋っていて。周りの視線をこれでもかと一身に浴びている状態なのに我、関せずといった様子で向かい側にいる男に、へらへらと笑いかけていた。  テレビで見るよりも胸クソ悪くなるくらい、甘い顔をしてやがる。相手の男は、恋人だろうか――って、俺には関係ない。  バッドタイミングでここに来てしまったけど、ヤツらの席からここは遠く離れているので、すれ違うことも、話しかけられることもないだろう。  安堵のため息をついて、窓の外をぼんやりと眺めた郁也。  一方トイレで用を済ませ、店内の浮き足立った様子にまったく目もくれず、席に戻る道すがら、お子様用の椅子に座り、無邪気に喜んでいる子どもに、心が囚われていた涼一。 「郁也さんが小さいときって、どんな感じのコだったんだろ」  小学生のときは間違いなく責任感を求められる、学級委員長をやっていそうだよなぁ。僕は転校生で、お世話されちゃう設定なんだ。  なぁんてニヤけながら歩いていたら、大きなものに、思いっきりぶつかってしまった。 「すみません……」  退きながらぺこぺこと頭を下げて、慌てて謝る。よそ見して人とぶつかるなんて、何やってるんだろ。  内心、自分に呆れ果てていたら…… 「いえ、こちらこそ。ボーッとしていたので」  頭上から降り注ぐ、低くて艶っぽい声に首を上げて、その人を仰ぎ見た。  郁也さんよりも背が高い――185センチは、軽く超えているだろう。  タイトにまとめられた、さらさらの黒髪に切れ長の一重まぶたが、とても印象的な男の人。背が高いから威圧感があってもよさそうなのに、まとっている雰囲気が、優しい感じ。 「ちょっと克巳さん、リコちゃん似の可愛いコちゃんに、ぼんやりと見惚れるんじゃないよ」  彼の大きな背中に隠れて、もうひとりの男性が、ひょっこりと現れた。  ――ちょっ、葩御 稜じゃないか!? 「こらこら男性に向かって、可愛いコちゃんは失礼だよ」 「ゲッ!? マジで……すっげぇ可愛いから、つい。本当にごめんね」  葩御 稜みたいにとても綺麗な人から、可愛いって言われちゃったよ。正直、素直に喜べないんだけど――  これ以上関わりたくないと考え、会釈をしてやり過ごそうとした瞬間、 「……すみません。連れが粗相をしたみたいで」  あろうことか、目の前にすっごく不機嫌な顔した、郁也さんが現れてしまった。 「いやぁ、こっちにも落ち度はあったからさ。お連れさんの可愛らしさに、俺の克巳さんが目を奪われて、ワザとぶつかったみたいだしぃ」  肩をすくめながら恋人に対し、文句を流暢に喋る葩御 稜本人に、額に青筋を立てた郁也さんが、いろんな意味でキレかけている。  眉間には、これでもかという感じのふかぁいシワを寄せ、顔をぴくぴくと引きつらせているよ。  ――どうしよう!?  困ってしまい、克巳さんと呼ばれた人に思わず視線を飛ばすと、涼しげな一重まぶたをすっと優しげに細めて、小首を傾げた。    葩御 稜にあれだけグサグサと言われたのに、どうしてこの人、こんなに余裕があるんだろう?  この可笑しな修羅場模様、是非とも小説で書いてみたいかも―― 「すみません。俺がぼんやりしていて、お連れの方に気がつかなかったのが、原因なんです」  そう言って郁也さんにきっちり頭を下げた、克巳さんと呼ばれた葩御 稜の恋人。その紳士的な姿勢に、うっと言葉を詰まらせ、黙りこくる郁也さん。 「こちらこそ、本当にすみませんでした。他所に目がいって先にぶつかったのは、僕のほうです」  同じように、ちゃんと頭を下げる。  葩御 稜には頭を下げたくないけど、この場を何とかするにはこれしかない。  きっかけを作ってくれた克巳さんという人に、内心感謝していると―― 「……その可愛らしさと素直さに免じて、許してあげるよ。小田桐先生」 「え――!?」  この人ってば僕のことを知ってて、ワザと突っかかってきたのか? 「そっちの仏頂面してる人は誰か知らないけど、モデル事務所に是非とも、紹介したいくらいだね。どう?」 「担当の桃瀬といいます。小田桐の世話が忙しくて、間に合ってます」    郁也さんがすっごくイヤそうに告げると、へぇと頷いて格好よく腕を組んだ。 「これは来週末にする、対談が楽しみだね。それまでに機嫌、直しておいてよ桃ちゃん♪」  桃ちゃん――って、意外と似合ってるかも。だけどこれは絶対に、口に出してはいけないシロモノだ。  わなわなしながら真っ赤な顔してる郁也さんと、呆然としてる僕に軽く会釈して、去って行った噂のふたり。  葩御 稜のキャラはテレビ通りだったけど、克巳さんという人が、何故だか気になってしまった。  恋人があんなにハチャメチャ言ったり、やっちゃったりする人なのに、どうしてあんなに穏やかでいられるんだろう?  隣にいる郁也さんに、ちらりと目をやる。面白くないといった表情を一切崩さず、プイッとひとりで、席に戻ってしまった。  ヤバイと思って、慌てて追いかける。 「ごめんね。僕が至らないばかりに、いらない迷惑かけてしまって」 「いや……。お前が無事なら、それでいい」  あさってを向いたまま、乾いた声で言い放つ。  むぅ、機嫌をすっごく損ねてしまったぞ、どうやって立て直すか――葩御 稜との対談よりも、こっちの対処が大変かも(汗)

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