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ピロトーク:それぞれの想い②

 きりりっと引き締まった涼一を、スタジオの隅から郁也はそっと眺めた。 「まーったく。作家の緊張を取り除くのも担当である、お前の仕事なんだぞ。僕に任せっぱなしって、どういうことだ?」 「俺、お笑い担当じゃないんで!」  隣にいる編集長にさらっと文句を言われたので、しれっと言い返してやる。 「ああ、確かに。桃瀬はお色気担当だったな。葩御稜に抱きつかれて、顔を真っ赤にしながら嬉しそうにしていたし」  く~っ! このオッサン。いつも通りに苛めてくれやがる。  横目でぎろりと睨んでやると、涼しい顔して肘でつんつんと体を突いてきた。 「顔を赤らめる暇があるなら、あんなのさっさと対処してみろ。ガマンしてる小田桐先生の神経、ブッチ切れるぞ」 「――はい……」 「それにそんなんだと、いつまでたっても副編集長のポストに上げられない」  その言葉に目を大きく見開くと、肩をすくめられる。 「鳴海が上手いこと進行係やってくれてるから、仕事の質をワンランクアップさせてもいいかなって実は考えてるんだ。そんでもって今、副編集長してる高橋が、他所に異動したいって突然言ってきててな。そうなると必然的にポストが、ぽつんとひとつ空くワケなんだが……。桃瀬はどう思う?」 「どう思うって言われましても……」  現在の仕事量を考えると、間違いなく大変なことになるのは目に見えるのだが――つか高橋さんが異動したい理由って、きっとそれが原因なんだろう。 「ホスト・ジュエリーをぐいぐいっと引っ張ってくれる、若い力が欲しいんだ。燻し吟の僕だけだと渋さばかりが、つい目立ってしまうから」  何故か瞳をウルウルさせ、すがる様に見てくれる。まったく―― 「そんな甘えた目をして、俺を見ないでください。断れないの知ってて、そういう顔をするんだから」 「やりぃ! 一応仕事の査定させてもらうからな。ヨロシク頼むよ」  ああ……この人の下で、奴隷のように働かされる様子が想像つくな。  内心肩をガックリと落とした郁也の目の前で、和やかに写真撮影が行われていた。 「今度、自叙伝を書くことになってね。それと一緒に、写真も掲載するんだ。ああ……小田桐先生は絶対に写さないでよ。あまりの可愛らしさに、読者が嫉妬しちゃうから」  僕に説明しながらカメラマンに的確に指示してくれて、正直助かってしまった。 「勿体ないですね。おふたりとも、本当にいい被写体なのに」 「俺はともかく、小田桐先生に敵を作らせちゃダメ。作品同様にピュアでいて欲しいから」 「……あの葩御さん、有り難うございます」  ペコリと頭を下げて、お礼を述べると―― 「同い年なんだから、稜って呼んでよ。俺は涼一先生って呼ぶからさ」  こっちの遠慮も知らず、一気に距離をつめられて戸惑ってしまった。しかも涼一先生なんて、他の人にもそんな風に呼ばれたことないから、何だかお尻がもぞもぞする―― 「じ、じゃあ、稜さんって呼んでいいですか?」 「あはは、こ○亀の両さんみたい。敬語も止めてよ。遠慮せずに、たくさん話しよう?」  魅惑的な瞳を細めて小首を傾げたとき、流れるようにサラサラの黒髪が肩から落ちた。シャンプーのCMに堂々と出演してもいいくらい、本当にキレイな髪をしているなぁ。女優さんも真っ青!    どんな手入れをしたら、あんな風になるんだろ? 「最初の写真撮影は、無事終わりました。今度はお互い、ナチュラルな感じでお話しているところを勝手に撮っていくんで、どうぞはじめてください」  ナチュラル、か――内心稜さんの反応が怖いところもあり、僕自身も自然と身構えちゃってる部分が正直ある。 「うーん……涼一先生には、俺の毒が効かないみたいだね」 「……毒、ですか?」  ワケが分からず、ポカンとしてしまった。 「そ♪ 俺に見つめられると大抵の人って何だか、挙動不審になるんだ。顔が赤くなったり不意に視線を逸らしたり、落ち着きなくなったりしてね。だけど先日、ファミレスで逢ったときから、効力がないのを不思議に思っていたんだ。俺の魅力という名の毒が、この人には残念ながら無力なんだなぁって、ね」 「そんなことはないですよ。稜さんって、色気があるなぁと思ってるし」  それはドキドキよりも、緊張感の方が上回っているせいなのかも。 「俺の毒が効かない人は嫌っているか、それともまったく興味がないからか、あるいは――その人自身にも毒があるから」  僕にも毒がある――!? 「絶対に3番っ、魅力的だよ、小田桐先生!」  カメラを構えながらわざわざ指を3本立てて、ニコニコしているカメラマン。 「だよね♪ 俺の方がクラクラしちゃいそうだもん……。だからと言って、写真を勝手に撮ったらブチ殺すから」  最後はドスのきいたような声で、わざわざ釘を刺してくれて注意を促してくれた。  ――この人、ただのおふざけ専門の人じゃない。きっと仕事に対して、すっごく厳しい人なんだ。 「ところで涼一先生は俺のこと、どこまで知ってるのかな?」 「……ワイドショーで流れていた情報と、モデル事務所のHPに掲載してあるプロフィール程度です。だけどワイドショーの情報は正直なところ、大げさだろうからアテにはならないって思ってます」 「そっか、良かった。あれを鵜呑みにされちゃうと、ただの変人になるからさ。ありがとう……、俺って人間を真っ直ぐに見てくれて」  ふわりと切なげに微笑んだ顔に、何だかしくしくと胸が痛む。  稜さんが好きだった女性にそそのかされて、傷害事件を起こした付き合っていたという敏腕プロデューサー。その事件の理由が好きだった女性の恋人を稜さんが寝取ったという恨みで、白昼街の中で刺されちゃったんだっけ。  そして今、付き合ってるのが女性の恋人だった、克巳さんなんだよな。  ……複雑すぎる四角関係――  郁也さんたちと反対側にいるその人を、横目でコッソリ見た。キリッとした一重まぶたで、僕らを……いいや、稜さんを見てる。 「入院中に克巳さんが差し入れしてくれたジュエリーノベルを、じっくり読んで見て、数ある作品の中で印象に残ったのが涼一先生の短編だったんだ」 「そうですか、ありがとうございます」  褒めてくれたんだからお礼をしなきゃと思って、小さく頭を下げた。 「キズついた俺の目には、涼一先生の書いた作品が本当に眩しくってね。なーんかキレイごとばかり書かれたその内容がさ、ちくちくっと胸の中に突き刺さったって感じ」  長い足を組み替えて、見据えるようにじっと僕を見る。 「……キレイごと、ですか――」  喉が一気に渇いてしまい、掠れた声で呟くのがやっとだった。先月号……いや、今月号? どの作品のことを彼は言ってるのだろう。  頭が無駄にぐちゃぐちゃと混乱してしまい困り果てて、胸元をぎゅっと押さえたとき―― 「涼一っ!」  少し怒ったような郁也さんの声がして、ビクッと身体がすくんでしまった。  恐るおそるそこに視線を飛ばすと、口パクで一生懸命に何か言ってて。 『あ、い、お、う、ぅ』  俯いてその言葉を口元で、何度か呟いてみる。そしてその意味がやっと分かり、嬉しくなって思わず微笑んでしまった。  ――大丈夫――  パッと顔を上げると、右手親指を立てて頷いてくれる郁也さん。  僕が不安になったときや困ってるときに、いつも後ろからぎゅっと抱きしめて、耳元で優しく囁いてくれる魔法の言葉。  離れているけど、しっかり伝わったよ。ありがとう郁也さん――  改めて稜さんのことを見つめると、可笑しそうにくすくす笑い出した。 「桃ちゃんの愛の一喝で涼一先生ってば、すっごく顔つき変わってる。俺としては、捕って食ったりしないのにさ」 「……あのぅ?」 「自分の感情を含めて人の感情ってさ、キレイな感情とエゴな部分があるじゃん。好きだから欲しい、みたいな」  僕を見てるんだけど、その目はどこか突き透して遠くを見るような感じだった。 「そうですね……」 「俺の場合、すっごいエゴイストだから、欲望全開っていうのかな。正直なトコ、キレイな感情なんて僅かしかないだろうって、自分では思ってるんだ♪」 「違うと思います」  自分を嘲るように告げた言葉を、すぐさま否定してあげる。 「どうしてそう言い切れるの?」  稜さんの少し低くなった声色と、印象的な瞳が何かを探るような視線に一気に変わって、一瞬だけひるんでしまった。  だけどこの日のために郁也さんと一緒に、いろいろなシュミレーションを重ねてきた。だからきっと大丈夫!! 「……稜さんとの対談が決まってからなんですが、テレビに出演しているのをいろいろ見ていて、気がついたことがあったんです」 「ふふ。バカみたいに、ふざけてるなぁって?」 「確かに、ふざけているなと思いましたけど。ふざけつつもきちんと弄る人を見極めて、かき回して次の場面に上手く繋げてるなって見受けられたんです。相手を立てた盛り上げ方を、どの番組でも工夫しているなぁって」  僕の言葉に一瞬だけ目を見開いたけど、長い髪をかき上げて口元に意味深な笑みを湛える。  仕草のひとつひとつに妙な色気があって、稜さんに目を奪われるけど―― 「……そんなの偶然かもよ」  そこに何か、隠されているような気がするんだ。 「僕はすっごく人見知りが激しくて、人付き合いが上手くありません。だからこそ、相手をキズつけないようにって観察するのがクセになっているんです。それが執筆の役に立っていたりするんですけど」 「へえぇ、一石二鳥だね」 「はい、そうなんです。初めて稜さんにお逢いしたとき、僕のことをすぐに分かったことに、すっごく驚きました。いろんな理由があって隠していたことなので、よく調べられたなぁって……」  出版社に頼んで、きっちりと伏せられている僕の経歴と顔写真――個人情報なんて案外簡単に調べられるだろうけど、売れっ子作家じゃなくまだ駆け出しの自分を、ここまで調べる必要があるだろうかって実際に考えてみたんだ。  雑誌ジュエリーノベルのことも三木編集長さんのことも、稜さんはきちんと調べていてそれって当たり前のことなのかもしれないけど、すごいなぁと素直に思った。 「そういうのを調べる、プロに頼んでいるんだけど。だって人の秘密は、蜜の味って言うでしょ?」  右手人差し指をしーっという感じに口元に当てて、ふわりと柔らかく微笑む。 「涼一先生の秘密は、どんな味がするんだろうね」 「……っ!!」 「案外俺の過去と同じような経験しているニオイ、感じるんだけど。違う?」 「ど、うして、そう……思う、んですか?」  稜さんのセリフで脳裏に、過去の悲惨な出来事が走馬灯のように流れてしまった。この人は徹底的に相手を調べ上げる。きっと知ってて、ワザと僕に質問しているんだ。 「おい、葩御お前、それ以上はNGだぞ!」  苛立った声で告げると、こっちに向かって苛立ちながら歩いてきた郁也さん。 「大丈夫だから! 話をさせてほしいっ!」  左腕を床と平行に伸ばして、郁也さんの歩行を止めた。稜さんがすべてを知った上で、何を言うのかがどうしても気になった。 「涼一……」 「知りたいんだ、彼が何を感じたのか。僕は大丈夫だから……」  掠れてしまった声でやっと告げた言葉に下唇を噛んで、元に戻って行く郁也さん。  辛そうな顔させてしまって、本当にごめんなさい―― 「――強いね。どこからその強さが出てくるんだろう……」 「……稜さん?」  僕が首を傾げると膝に両肘をついて頬杖をつき、じっと見つめてくる。 「涼一先生の作品はキレイごとばかりの内容が書かれているんだけど、言葉がね……心の中にじわぁって沁み込んでくるんだ」 「はあぁ……」 「ドラマをやり始めて、いろんな作品の原作を読んでみてるんだけど、こんな風に感じたこと、今までなかったんだよね。それで考えたんだ、この作者はきっと何か辛い出来事があったけど、それを乗り越えたんじゃないかって。何ていうのかな、暗い闇の中をまばゆい光が煌々と照らしていくって感じ……。うん、近いな。俺には、眩しすぎるくらいの光だった」  自分の書いた作品が、人の口から直接こうやって評価されるということは、とても嬉しい。 「あの、有り難うございます」  何か気の利いたことを言えればいいのだけれど、お礼を言うのが精一杯。少しテレながら窺うように、稜さんを見てしまう。 「芸能界っていう一見華やかな場所だけど、いい感じに闇が潜んでいるからね。そんなところで働いてる俺のいいバイブルになりそうだよ、本当に♪」 「えっと、その……過大評価しすぎかと」 「ううん、そんなことないってば。だからこそ、これからはいろいろなことに気をつけないといけないよ」  心配そうな表情を浮かべて頬杖ついてた腕を外して、ぎゅっと拳を握りしめた。 「俺の場合はもう隠しようのない状態に、勝手に追い込まれちゃったから。事件が一般人にスマホで撮影されて、ネットでアップされちゃったりマスコミにこれでもかと追いかけられたりして。結果、シフトチェンジせざるおえなくなっちゃったからね」 「テレビを見ていて、大変そうだなって思っていました」 「俺はね、実際のトコ平気なんだ。何を言われようが叩かれようが、ゲイ能人ですって表明したからさ。だけどね、これには相手がいることだから。その人が誰かに何かを言われちゃうことが、辛くて堪らない……」  握っている拳にぎゅっと力が入ってて、稜さんのその様子に見ているだけで胸が痛くなる。 「身体からはじまった関係だったけど、ボロボロだった俺を地獄から救ってくれたのは彼だけだったから。そして闇ばかりだった自分の心を、明るく照らしてくれたのは、涼一先生の書いた話だった。直接逢って、お礼が言いたかったんだ。本当に有り難う」  スマートに立ち上がり、僕に向かって右手を差し出す笑顔の稜さん。 「あわわ……」  慌てて立ち上がって意味なく右手をしっかりと拭ってから、おそるおそる差し出すと、力強くぎゅっと握手してきた。 「何かあったら遠慮せずに言ってよ。力になるからさ」  小声で囁かれる言葉に小さく頷いた。そんな僕たちを、カメラマンは何枚も写真撮影する。 「――いい絵だからって、涼一先生は」 「分かってますって! 握手してる手だけに、きちんと的を絞ってますから」 「あとでカメラチェックさせてもらうからね」  口元だけで笑いながら、(目が笑っていなくて正直コワイ……)カメラマンに向かって、ニッコリと微笑んだ稜さん。 「涼一センセ♪」 「あ、はい?」 「応援してるから。いつかドラマや映画化されるような作品、書いてよ」  握手している手をいきなり引き寄せられ、ちゅっと甲にキスされた。 「そっ、そんなの、無理に決まってます!」  キスされたことよりも、無理難題だと思うことをにこやかに強請られ、頭の中がわたわたとパニくる。 「もっと自信持ちなって、貪欲にならなくちゃ。これは俺の夢でもあるんだからさ。涼一先生とタッグ、組んでみたいなぁって」  今まで見せた笑顔とは明らかに種類の違う、花がふわりと咲いたような柔らかい笑みを浮かべ、僕を見下ろした。  その笑みから目が、何だか離せない―― 「俺も何とか頑張って一発屋で終わらないように、歯を食いしばるからさ。高みを目指して、一緒に頑張ろ?」  そんな風に言われたら断れるワケがない。目指すところは違うかもしれないけど、一緒に頑張ろうって言葉がすごく嬉しい。 「分かったよ。同じように歯を食いしばって頑張ってみるね。僕も稜さんのこと、これからも応援してるから」  稜さんの笑みに釣られて、人見知りの激しい僕でも思わずにっこりと微笑んでしまった。 「うっ……」 「?」 「――何、その笑顔。破壊力すっごいんだけど。可愛すぎるよ涼一先生」  見上げる僕の視線をやり過ごすためなのか、頭をグチャグチャに撫でまくってくれた。 「ムカつくから、桃ちゃんのこと苛めてやろ♪ おーい、あっちで撮影会やっちゃうよ!」  稜さんは赤らんだ頬をペシペシ叩きながら、背を向けて行ってしまう。  僕はちょっと笑っただけで特に何もしていないのに、一体どうしちゃったんだろ?  とにかく無事に対談が終わったみたいなので、三木編集長さんのとこに、てくてく歩いて行った。 「お疲れ様でした、小田桐先生」  にこやかな笑顔で出迎えてくれたので、安堵のため息を心の底からついてしまう。 「こちらこそ。三木編集長さんのお陰で、気負わずに対談できました。有り難うございます」 「対談内容の詳しい編集につきましては、ウチに一任されているので、余分なトコをカットして上手くまとめておきますから、安心してくださいね」 「あ、はい」  多分編集するのは、郁也さんの仕事なのかもな。 「それにしても今日は、桃瀬のいろんな表情が拝めることができて、実に愉快だった」  メガネの奥の瞳をこれでもかと細めて、クスクス思い出し笑いをする。僕のせいでいろいろと、ムダに心配させちゃったもんね。 「今日の一番の見ものだったのが、小田桐先生が葩御稜に手の甲へキスされたときだったなぁ。アイツ一瞬だけ酷く怒ったクセに、そのあと応援してるからって笑いかけた先生を見て、フリーズしていたよ」  笑いかけたっていっても実際は微笑んだ程度で、普通に接していたつもりだったんだけどな。   「その笑顔に打ち抜かれたのは、葩御稜だけじゃなく、桃瀬も苛立ちながらちゃっかり打ち抜かれてました。ホント、罪作りですねぇ」 「ええっ!?  そんなこと言われても……」  困り果てる僕を肘でつんつん突いてくる三木編集長さんに、何と言っていいのやら。 「その当てこすりがアレっていうのも、いろいろと大変ですね。小田桐先生、大丈夫ですか?」  僕らの目の前で、稜さんが郁也さんに迫っていたからだ。 「涼一先生の撮影ができない分、桃ちゃんが一生懸命に頑張らないとね♪」 「何で、俺が……」 「勿論、読者様のための目の保養に決まってるでしょ。ほらほら俺の身体に、遠慮せず腕を回してよ」 「げーっ、そんな」  心底嫌がる俺の腕をがしっと掴んで、自分の身体に巻きつける。 「視線、もうちょっと、こっちに欲しいな。顔、上げてくれない?」  レンズの向こう側からカメラマンが指示してきて、めまいがしてきた。 「桃ちゃんもっと、しっかりしなくちゃダメだからね。涼一先生これから、すっげぇ偉くなるんだからさ」  俺の耳元に顔を寄せ、囁くように話をする葩御稜。今度は、何の指示なんだ? 「言われなくても、きちんと面倒見てますけど」 「分かってないね、光を妬む者は、絶対に現れるんだから。そこんとこ踏まえて、対処しろって言ってんの!」 「いたたっ!」  力任せに耳たぶを、ぎゅっと引っ張られた。 「俺ですら愛しい人を完璧に守れなかったんだ。克巳さんや克巳さんの関係者を巻き込んでしまってね。酷くキズつけてしまった」  いつもの魅惑的な眼差しが、今はえらく切なげに見える。 「絶対数で言ったら、偏見に晒される身分なんだよ。それ分かってる?」 「……分かってるさ、そんなこと」  俺自身の性癖をひた隠しにしてきた理由は、やはりそこだろう。高校時代、親友の周防から直接キモいと言われて胸が押しつぶされる思いをした。  あんなの2度と味わいたくはない。そしてそんな思いを、涼一にさせたくはない―― 「隠せるものは必死こいて隠し通して、ダメだと即判断したら上手いこと誤魔化して、さっさと揉み消せばいい。これはね……即決がキモだよ、桃ちゃん」 「どうしてそんなこと、俺に頼むんだ?」 「決まってるでしょ。俺、涼一先生のこと、すっげぇ気に入ってるから。素直で可愛いプリンスって感じ♪」  言いながら耳にワザとらしく吐息をかけてくる。どんだけ俺のこと、不機嫌にさせたいんだろう。 「涼一先生にも言ったけど、俺に何か手助けして欲しいことができたら、遠慮せずに何でも言ってよ。使えるものは進んで、ゲイ能人でも使えってね」  偉そうな顔したと思ったら、突然こめかみに音を立てて、キスをされ―― 「うあっ!?」 「今のアングル、すっげぇいい感じだったでしょ? キレイに撮れた?」 「バッチリです、いいもの有り難う!」 「てめぇっ、芸能人だからって好き勝手し過ぎだろ。恋人いるなら普通、そういうのは相手を思って、自粛するものじゃないのか」  怒りに任せて掴まされていた腕を振り解いて、葩御稜の身体を押し出してやった。 「その恋人は今、涼一先生の元に、向かってるんだけど。これって、スワッピングに発展するかもなぁ♪」    その言葉に否応なしに、気持ちが反応する。  そんなことはあり得ないと分かっているのに、ファミレスで彼を見た涼一の頼る眼差しが不意に思い出されて、不安に駆られた。  信じられないことを言った葩御稜をジロリとひと睨みして、ふたりのところに行こうとしたら、腕をぎゅっと掴まれて見事に阻まれる。 「離せよ……」 「少しくらい、話をさせたっていいじゃん。涼一先生、克巳さんに興味深々だったんだしさ。恋人のこと信じられないの?」 「…っ――」  信じられると言い切りたいのに、言葉が空を切ってしまい口をバカみたいに、パクパクさせてしまった。 「涼一先生ってすっげぇ可愛いから心配な気持ち、分からなくはないけど、時には見守ることも恋人として必要なんじゃないの?」  どうしてコイツは、こんなに余裕があるんだろう。 「ホントいい顔して、笑ってくれるよね。克巳さん、打ち抜かれなきゃいいけど♪」  掴んでいた俺の腕を放し、楽しそうにして向こう側にいるふたりを見やる――

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