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ピロトーク:郁也さんと周防さん③

 周防さんが注射をして、いろいろ話している最中にアクビをし出し、パタリと眠りについた郁也さん。あどけなく寝ている頭を、優しく撫でてからゆっくりと立ち上がる、周防さんの背中に思い切って声をかけた。 「あっあの、お茶でもどうですか?」 「ごめんねー。これから済ませなきゃいけない、用事があるから帰るよ」  ここに来たときと同じ口調で喋って、柔らかく微笑む。  隙がない――周防さんの気持ちを、是非とも確かめてみたいと思ったけど……確かめたところで、その想いを止めろとは言えないワケで。  どうしよう――  呆然と立ち尽くす僕の横を通り過ぎ、急ぎ足で玄関に向かう。 (何か……何か話題は、ないものか)  ムダに焦る目の前でスムーズに靴を履き、じゃあねと言って出て行こうとした腕に縋りつき、ぎゅっと握ってしまった。 「なに?」  不審げに見る、その視線の痛いこと――だけど負けるな自分! 「えっと指示ください。この後、どうすればいいですか?」 「なーんだ。ももちんが寝てる間に、涼一くんから迫られるのかと思ったのにさ。残念」  からかうような周防さんの口調に、ぶんぶんと首を横に振りまくることしか出来ない。 「そんな大胆なことしませんし、出来ません!」 「そうなんだ、へぇ」 「それに周防さんは、郁也さんのこと、す――」  言いかけて、ゴクンと言葉を飲み込んだ。確証のないことを、自ら明かしてどうする!? 「なに、どうしたの?」 「すみませんっ、そのあの……周防さんは郁也さんのこと、すっごく大事にしてるので、見習わないといけないなって」  冷や汗が背中にタラリと流れる。上手いこと誤魔化せたかな? 「……大事にするさ、好きなんだから」 「周防さん――」  どっちの好きかなんて、聞くまでもない。切なげな瞳が、全てを物語っていたから。  掴んでいた腕をそっと外して、両脇に拳を作った。 「僕の男に手を出すな、とか言わないの?」 「いえ、そんなことは……」 「涼一くんには、俺を責める権利あるんだよ。俺たちが高校生のとき、お互い想い合ってたのを知ってて、邪魔していたんだから」  僕のことを好きだった郁也さん。そして、郁也さんを好きな周防さんが横恋慕するのは、当然のことだと思う。 「責めることなんてしません。ありがとうございますって、言っておきます」  その言葉に目を大きく見開き、不思議そうに首を傾げる。 「驚いた……何で礼なんて言うんだ? 罵られること、俺はしてるんだよ」 「僕が周防さんの立場なら、同じことをしていたと思って。好きな人は誰だって、捕られたくないものですし」 「うん――」 「それに早く出逢って付き合っていたら、早く別れていたかもしれませんよね。その可能性を潰してくれたので、お礼を言ったまでなんです」  ぽつりぽつりと告げた言葉に、唖然とした表情を崩さず、じっと見つめてきた眼差し。最初の頃よりは、キツさを感じなかった。 「――桃瀬の相手が、涼一くんで良かった」 「えっ!? 周防さん?」  諦めたような、それでいてどこか切なそうな表情を浮かべ語っていく姿に、胸の奥がしくしくと痛んでしまう。  僕がいなければ、もしかしたらこのふたりは、付き合っていたかもしれないんじゃないかって、考えずにはいられなかった。 「何て言うかな。桃瀬の全部を優しく包んでくれそうな、そんな気がしたから。俺はいつまで経っても、友達以上の関係になれないしね」   そんな風に評価されたら、どうしていいか分からないよ。恋敵に対して、どうしてこんなに優しくなれるんだろ。  困り果てた僕に向かって、ふわりと柔らかく笑う周防さんを、思わず抱きしめてしまった。 「僕……これからもっと郁也さんのこと、大事にします。寝込むようなことは、させませんから……っ」  こみ上げてくる、いろんなものを抑えながら、自分の気持ちを告げる。 「ごめんなさい、周防さん……」  もう最後は鼻声になってしまって、伝わっているか分からない。 「何で謝るのさ。しかも抱擁される覚えはないんだけど」  はーっとため息をつき、少し怒ったような口調で言われてしまい、ビビッて両手をあげ、情けなく万歳をした。  郁也さんを挟んだ、僕と周防さんの微妙な関係のせいで、距離間をとるのがどうもダメだ。  気がつくと、この人の琴線に思い切り触れてしまう自分。 「うわっ//// 思わず何も考えずに、抱きついちゃいましたっ。けして、深い意味とかありませんから!」  しかもそのまま、フリーズしてるとかバカすぎる。 「桃瀬が見たら卒倒するだろうな。妬かれるのも悪くはないかも」  目を細めて可笑しそうに笑みを浮かべながら、見下ろされるだけで、どうしていいか分からない。 「そのことで、ふたりが言い争っちゃったりとか、してほしくないです。このことはご内密に――」 「冗談だよ、真に受けるなって。気苦労は老けるよ」  ビビリまくる僕の頭を、手荒にぐしゃぐしゃと撫でてくれた。だけど、イヤな感じはない。注射に怯える子どもを、なだめるような感じなのかも。 「気苦労と言えば、桃瀬があんなんだから、これからも大変だろうけど」 「あんなん?」  これ以上、墓穴を掘りたくない僕はビクビクしながら、思い切って訊ねてみた。 「ほらほら、自分の美貌に無頓着でしょ。そのくせお節介焼いて、他人にアレコレするもんだから、その親切を愛情と勘違いする輩だって現れちゃうし。こっちの気持ちには、すっごく鈍感な上に、思ってることを伝えるのが苦手だから、すれ違ったりするしね」  ずっと傍にいた同級生だからこそ。そして郁也さんのことを想い続けて、全部分かっている人の言葉の重み―― 「仰るとおりです、ヤキモキさせられてます」  自分が郁也さんに対して感じていたことを分かち合えたことに、嬉しさやらこそばゆさを感じ、笑みを浮かべたら、突然背中を叩かれた。 「(((*>д<*)))いたっ!!」  きっと背中に、手形がついているに違いない。思いっきり、叩いてきたよ。 「俺の親友任せるんだから、ちゃんと面倒見てやってよ。早く風邪を治すには、休息と栄養のある料理と、愛情があれば大丈夫だからさ」 「栄養のある料理……」  正直、料理のレパートリーは、おにぎりと即席味噌汁のみなんですが…… 「愛があれば、何とかなるって。頑張りなさい!」  眉間にシワを寄せる僕の額にデコピンして、じゃあねと笑顔で帰って行った周防さん。  何となく―― 「今のが、本当の周防さんだった気がする」  僕に向かって、本音で話してくれたときから彼の心の内を、正直に晒してくれたお陰で、見えた気がしたのだ。 「一途で、ちょっとだけブラックなトコがあるけど、優しい人――」  そんな印象を受けた、郁也さんの大事な親友。しかし―― 「あれだけ好き好きオーラが出ているというのに、それを感じ取れずに、ずっと友達でい続けた郁也さんと、辛抱を続けた周防さんが、すごいと思う(;-ω-)ゞ」  周防さんの口調が、結構Sっぽいのに、実は隠れドMだったりして。

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