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ピロトーク:ピロトークを聴きながら⑥

*** 「小田桐さんにお大事にって、伝えてください」  2時間ほど勉強を見てやった後、太郎は一言そう呟き帰って行った。多分周防に、様子を見て来いと言われたに違いない。  今じゃ外にも出られなくて不安が募り、眠れないからと、代わりに周防の病院へ行き、睡眠導入剤を貰ってきたのだが。やっぱり途中で、うなされて起きてしまっていた。  そんな夢うつつの状態が、しばらく続いてる故に、身体の調子がいいワケがない。  気遣いながら様子を窺う俺に、ますます気落ちする涼一。 「こんな生活、したくはないだろうに」  すべては、俺の采配ミスから起こったこと。元の状態に戻るまで、しっかりと面倒を見る、決心がついていた――  ノックしてから涼一の部屋を覗くと、窓ガラスにもたれかかったまま、寝落ちしていた。  少しでも良質の睡眠がとれたら……そっと近づいて抱き上げると、ベッドの上に横たえさせる。 「う……?」 「悪い、起こしちゃったか」  ベッドの脇に跪いて、涼一の頭を撫でてやった。 「郁也さん――」 「何だ?」 「僕明日、実家に帰るよ」  唐突な言葉に驚きしかなくて。ぽかんと口が開けっ放しになる。 「これ以上迷惑をかけたくないから。いつ治るか分からない僕に、ずっと付っきりで、仕事復帰の目処もたたないでしょ」 「そんな……俺はただ」 「だったら、さよならしようよ。自由になって、郁也さん」  目を細めて、ふわりと笑ってるのにその瞳からは、一筋の涙が零れ落ちた。 「……自由って、何だ――」  声が掠れてしまう。涼一の心が、さっぱり分からない。 「自由は自由だよ。僕みたいなのに構ってないで、いつも通りきびきびと、仕事してほしいんだ。仕事をしてる郁也さん、すっごくカッコいいんだから」  さよならなんて言葉を使っておいて、それはないだろ。 「バカ野郎っ!! 自由なんてクソくらえだっ!」 「っ……郁也さん?」  細い身体を、ぎゅっと抱きしめる。 「自由なんていらねぇよ。お前がいないんじゃ、何の意味もなさないんだ。涼一が隣にいて笑ってくれなきゃ、生きる意味なんてないんだぞ!」 「だけど……」 「今はこんな状態だけど、それでも俺は、ずっと傍にいることが出来て嬉しいんだ。仕事だって頑張れるのは涼一の作品を、一番に読むことが出来るからだし――」  そんな大事な作品を、他人に任せようとしたツケが、今回の事件なんだ。いくら自分の仕事が忙しいからって、ないがしろにしちゃいけなかった。 「僕ね……小説で告白シーンを書くとき、いつも郁也さんのことを想って、書いてるんだよ」  両脇に下がっていた涼一の腕が、俺の身体に回されて、抱きしめ返してくれる。 「言葉にしても言い足りないから、ちゃっかり文字にして残しているんだけど」 「……そんな大事なラブレター、あんなヤツに任せようなんて、俺はバカだな」 「だけど、読んでくれるのが分かっていたから、あえて何も言わなかったんだけどね」  抱きしめられた身体から、あたたかい温もりがじわりと伝わってきて、思わず安堵のため息をついてしまった。 「だがな、俺以上にバカなのは、お前だよ涼一。どうしてさよならなんて、言ってくれるんだ?」 「だって最近、郁也さんは無理して笑ってさ、僕を気遣ってばかりいたから。いつか疲れ果てて、見限られちゃうかもって考えたんだ」  涙目で俺を見上げ、渋々と言った感じで告げる。 「こんな情けないヤツ、途中で放り出すワケがないだろ。また、ゴミ屋敷で生活するのか?」 「それは……昔に戻っちゃうのは、目に見えてるけど」 「俺は、涼一がいないとダメなんだよ。お前のために、俺が存在するんだからな」  しっかりしてるクセして、だらしないところもあって、全然目が離せない。今なんて、精神状態がふわふわしていて、心配ばかりさせる。だけどそんなお前が、愛しくて堪らないんだ。  逃がさないように後頭部に手を添えて、涼一の唇にそっとキスをした。ついばむキスを、何度か繰り返したら、俺の頬に両手を添える涼一。 「僕ね、郁也さんと一緒に暮らすようになって、実感したことがあるんだよ」 「どんなことに?」 「当たり前の毎日なのに、一緒にいるだけで楽しくて、幸せを知ることが出来たから」 「そうだ。大なり小なり、どんな幸せも感じる取ることが、俺も出来てる――」  僕が一人暮らしをしていたときには、そんなことを感じなかったのにね。 「鳴海さんに襲われたとき、もうダメだって思った。昔のようにヤられちゃんだって、簡単に諦めちゃいそうになったときに、郁也さんの顔が、頭の中に浮かんできたんだ」  あんな極限な状態だからこそ、一番愛しい人の姿が現れたのかもしれない。襲われた僕を見て、ショックを受けるであろう郁也さんの姿――そんな姿を見たくないって思ったら、諦めたくないって強く思った。 「郁也さんのお陰で、必死に抵抗したんだよ。鳴海さんにとっては、大したことがなかったかもしれないけど」 「だけど涼一が頑張って抵抗したから、俺が間に合うことが出来たんだぜ、きっと」 「そうかな……」 「絶対にそうだ、偉かったな」  愛おしそうに呟いた言葉に、目頭がぶわっと熱くなる。郁也さんはいつも、こうやって支えてくれていた。揺らぎそうになる僕を、きっちりと立て直して支えてくれて―― 「うっ……こんな僕だけど、ずっと傍にいてもいい? 迷惑かけちゃうかも、だけど……」  郁也さんに対して、おんぶに抱っこな自分がどうしてもイヤで、離れたほうがいいって考えた。考えたのだけれど情けないことに、ひとりで立っていられる自信が、全然なかった。  ――郁也さんなしでは、もう生きてはいけない―― 「さっきも言ったろ。俺はお前のために存在してるんだ。迷惑なんて、かかってこい! 受けてたってやる」  僕の頬に伝う涙を、掬うようにキスをする。  悲しみも辛さも全部、受け止めてくれるようなそれに、胸がぎゅっと絞られるようで。余計涙が溢れてしまった。 「郁也さん……っ、……うっ、ありがと、う……」 「ん――?」  慈愛の眼差しが、冷たくなった心を溶かしてくれるみたいだ。 「今回のことも、辛かった過去のことも全部、郁也さんと一緒にいるための糧だと思ったら、無駄じゃなかったのかもなって」 「そうか……」  いつも言葉少なめだけど、僕に響く言葉を言ってくれるね。 「僕がこんな風に、強くいられるようになったのは、郁也さんのお陰だよ。ありがとね」  今は頼りないけど、きっと立ち直って強くなるから。郁也さんがいれば、きっと―― 「とりあえずだな、お前泣きやめよ。まるで俺が苛めてるみたいだろ」 「うん……ゴメンね……」  涙を拭おうと、郁也さんから手を離した途端、いきなり押し倒される身体。ベッドの上で、ばふんと弾んでしまったくらいだ。  驚いて声を出せずにいると、すかさず身体に跨ってきた。圧し掛かられる重みが、とても愛しく思えるよ郁也さん―― 「涼一頼むから、もうさよならなんて言うなよ。俺みたいな野暮な男を、上手く扱えるのはお前しかいないんだから」 「ふふふ、こんな僕を扱えるのも、郁也さんしかいないよ」  涙を滲ませ微笑むと、同じように笑いながら、唇を重ねてきた。次第に熱くなっていく郁也さんのキスに、堪らなくなってくる。絡み合うお互いの唾液が、室内に卑猥な音を立てた。  身体全部で、郁也さんを求める。もっともっと欲しくて思わず、背中を掻きむしった。 「……お前の、想いに応えるには――」 「んっ……なに?」 「だって言葉だけじゃなく、文字にして残してくれてるだろ。それに応えたいって思ったんだ」 「だったらピロトークで、たくさん愛の言葉を聴かせてよ」  僕が提案すると、焦った表情を浮かべた。 「――その、な。愛してるとか、ありきたりなことしか言えないぞ」 「それでもいい。郁也さんが心を込めて、伝えてくれる言葉だから」  耳障りのいい郁也さんの声は、ベルベットのように柔らかくて、僕の心に沁み込んでくるんだ。 「そんなピロトークを聴きながら、郁也さんの胸の中で眠りたい」 「涼一が安眠出来るなら、いくらでも聴かせてやるよ……」  約束を確かめ合うように、肌を重ねあった僕たち。そんなピロトークを聴きながら思う。  ――僕らの恋は無敵だと――  ~Fin~  拝読、誠にありがとう☆ございます!  ここからは番外編を連載していきますので、楽しんでくださいね。

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