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自画像

 お昼休みの職場のデスクで俺は、自分を映している鏡と対峙していた。自画像って思っていた以上に難しいかも…… 「う~っ、カッコよく描けてしまった場合、涼一からツッコミが入るかもしれないと思ったら、手が止まってしまうな」  ありのままの自分を映し出し、描けばいいのが分かるのだが。俺の自画像を強請った涼一に伝えたかった。――今日が誕生日であることを。  俺が生まれた日に、愛しいお前が傍にいて笑ってくれている。それだけでもすっげぇ幸せなんだ。 「自画像と一緒にさりげなく、好きな物も描いてやれ。ももたろうマスコットは外せないな」  ブツブツ言いながら、スケッチブックにさらさら描いていると、後ろに人の気配を感じる。突き刺すようなじりじりした視線の持ち主は、間違いなく三木編集長であろう。  お茶出しの指令だろうか、せっかくノって描いてるトコなのに。 「何か用ですか、編集長?」  振り向かずに訊ねてみると、いやはやスゲェなと声が返ってきた。 「相変わらず、奇天烈な絵を描いてるみたいだな。それは自画像なのか?」 「奇天烈なんて言葉、久しぶりに聞きましたよ。さすが編集長って感じですね。俺の自画像をそんな風に、評価してくれるなんて」  じと目をして振り向くと、ぼさぼさの頭を掻きながら苦笑いをする。 「じゃあこれはどうだ、異様に独創的な自画像。しかもここで描いてるあたり、周りの編集者に、己の誕生日をアピールしてお祝いさせようって魂胆だろ」  何なんだ、その奇抜な表現力。人が一生懸命に描いてるというのに。 「違いますよ。これは涼一にアピールするのに、書いてるんです」 「あっそ。仲良くやってくれ! しっかしお前、その絵はツッコミどころ満載だな。そこまでアピール性の強いモノは、悪夢を見そうだ」  ひーっと言って早々と去って行く背中に、心の中で舌を出してやった。  俺の好きな物を知ってほしいだけなのによぅ。  気を取り直してペン入れをし、色鉛筆で彩色した。  これを見たら涼一と過ごす時間は、きっと甘いものになるに違いない――  めでたし めでたし、なのか!?

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