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プロローグ
「けっこんしてくださいっ!」
確かに蒼 は幼稚園児、つまりは子供 で。好きだと言う気持ちは「一緒にいたい」とイコールだったけれど。
「大人になっても、まだ気持ちが変わらなかったらな」
蒼の頭を撫でながら言われたそれは、大人のスマートでずるい断り文句だった。
……だけど、滅多に約束をしないあの人が蒼にくれた、貴重な約束でもあったのだ。
※
布団から覗く、裸足の足。目尻には、笑い皺。
短く硬そうな黒髪が、年不相応にあどけない寝顔を縁取っている。
「陸 さん、ご飯出来ましたよ」
襖を開け、いつものように蒼が声をかけると、陸はやはりいつものように「んん」とくぐもった声を上げた。そして布団を被ったまま、ゆっくりと起き上がる。
「……はよ」
「はい、おはようございます」
「あと五分」
「二度寝しないで下さいね」
一応、念は押したが取り合えず上半身は起きているから大丈夫だろう。
そう判断をして、蒼は台所へと戻った。そしてご飯や味噌汁を装ってテーブルへと運ぶと、廊下からペタペタと足音が聞こえてきた。
「おはよう、蒼」
「おはようございます」
先程もしたのだが、今のようにちゃんと対面した時、陸は律義に挨拶する。
寝間着である青い浴衣。裾から覗く赤い腰巻にいつも、それからいつまでも蒼はドキッとしてしまう。
「いらないんなら、俺に下さい」
親子程、年が離れていると言う表現があるが、蒼の母親の幼なじみだった陸は正真正銘、親と同じ年だ。
事故で両親を亡くし、一人遺された蒼をそう言って引き取ってくれた人。
小説家としてそれなりに有名だが、家事は大の苦手で。図書館と散髪に行く時以外は、部屋にこもっていて。
……それでも、朝晩の食事の時はこうして一緒に過ごしてくれる。
そんな陸は、蒼の初恋と初プロポーズの相手だったりする。
(俺はまだ、大人じゃないのかな)
蒼が大学を卒業し、会社に入って二年。
まさか、忘れられてはいないだろうが――全く蒼への態度が変わらないところを見ると、まだまだ子供と言う事なのだろうか?
「いただきます」
「いただきます」
こっそりとため息を吐きながら、蒼は陸の声に手を合わせ、朝食を食べ始めた。
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