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後編

「そんな……っ」 「仮定の話だ。結局は蒼を放っておけなかったし、昔の約束も嬉しかった……だから、段々怖くなった」  ……無意識にか、膝の辺りの着物を掴んでいる手が震えていた。  そして頬を引き締め、真っ直に蒼を見つめて陸は言った。 「このままだと、蒼も死ぬんだって……また俺は、大切な奴を失うんだって」  大切だと思われて、嬉しい。失うことを恐れられているのも、不謹慎だが嬉しい。  だが、しかし。 「……陸さん、ごめんなさい」 「蒼……?」  戸惑う相手の手を、逃がさないように両手で握り。  出会った頃とは違い、ほとんど変わらない目線を合わせながら、蒼は言葉を続けた。 「身を引くのが、大人なのかもしれませんけど……俺が大切だって言うんなら尚更、諦められません」  刹那、大きく目を見開く陸の目を見つめたまま、言葉を続けた。 「俺は、いなくなりません」 「……蒼」 「俺の気持ちを、舐めないで下さい……今まで一緒にいて、怪我一つないでしょう? 風邪くらいはひきましたけど、それも心配なら今以上に体調管理に気をつけます。事故が気になるのなら、仕事を変えてもいいです」 「そん、な」 「陸さんに迷惑かけないように……嫌われないように、今までやってきたことです」  ただでさえ、独身男性が子供を育てているとなると同級生からも、その親からも好奇の目で見られる。  それらに付け込まれる隙を与えないように、怪我や病気には気をつけ、学業も頑張ってきた――陸に誉められたい、と言うのも目的ではあったけれど。 「あと、いくら女の子を紹介しても無駄ですよ。俺、陸さん以外には勃たないですから」 「……なっ!?」 「俺には、あなただけなんです……お願いですから、俺を諦めないで下さい」  大人ぶっていたものをかなぐり捨て、今まで胸に秘めてきたものを全てぶちまけて。  これくらいで赤くなる陸を「可愛い」と思いながら、蒼はじっと見つめて返事を待った。   そんな彼の視線の先で、ますます赤くなったり、視線を泳がせたりし――やがて何かを考えるように目を伏せて、陸が口を開いた。 「……おっぱいは正義だぞ、蒼」 「まだ言いますか!?」 「俺は、結婚こそしてないけど、この年なりの経験はある……ただ、お前はさっきの話だと、初めてだよな?」  こんな俺で、本当に良いのか?  俯いたままでそう言うと、こつん、と蒼の肩に額を埋めて――陸が、浴衣に包まれた体をおずおずと寄せてきた。  年齢の割には細身の、けれど間違いのない男性の体を。 「…………」 「悪い、やっぱり引いた……」 「今、理性を総動員してるんでこれ以上、刺激しないで下さい」  硬直した蒼に勘違いし、離れようとした陸の言葉に被せるように早口で答えた。  他の相手には勃たない、逆に言えば唯一、反応する相手とこうして密着しているのだ。学生でもあるまいし、つい興奮してしまうこちらこそ引かれると思うが、むしろ押し倒してひん剥かないだけ勘弁して欲しい。  そんな蒼の気持ちを知ってか知らずか、陸が緊張を解いて蒼の腕の中に収まる。気持ち的には嬉しいが、身体的には嬉しくない。 「あの、陸さ……」 「……大人になっても、まだ気持ちが変わらなかったらな」  困ってつい名前を呼ぶ蒼の耳に、胸元に頭を埋めた陸の声が届く。  それは昔、プロポーズした自分に、陸がくれた『約束』だ。 「大人って言うよりは、男な気もするけど……まあ、うん、つまりだな」  ……そんな風に、蒼にと言うより己に言い聞かせるように言って。 「不束者ですが、こちらこそよろし……うわっ!?」  念願の返事が貰えた瞬間、抱き締めていた陸をそのまま押し倒し、噛みつくように口付けた蒼だったが。 「……この、エロガキ! こんなところで、盛るんじゃないっ」 「は、はいっ!」  浴衣がはだけて露になった鎖骨に、唇を落としたところで押し返されながら制止の声がかかる。そう言えば忘れていたが、ここは居間だし畳だった。  そんな訳で良い子の返事で応えると、蒼は陸を横抱きにして自分の部屋へと運んでいったのである。 ―終―

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