3 / 4
中編
北斗と陸は、大学からの付き合いだ。屈強な見た目に反し、大の読書家で出版社でバイトをしていた北斗が、小説を投稿してきた陸に声をかけ、現在に到る。
……二十年以上経つのに、陸と付き合いのあるのは北斗だけで。
その前となると蒼の両親、あと蒼が引き取られる前に亡くなった陸の祖父くらいしか、彼の交友関係は思いつかない――だからこそ、家出をした陸の行き先もこうしてすぐに特定出来たのだが。
(あんまり外出しないし、着物着てるから遠巻きにはされやすいけど)
それでも特に偏屈、あるいは対人恐怖症と言う訳ではないのだ――それなのに、これだけ限られた人間としか付き合っていないとなると。
(……今まで、改めて聞けなかったけど)
育てて貰った恩、ではなく。
惚れた弱み、あるいはそんな陸と暮らせている独占欲の為、あえて踏み込んでこなかったが――おそらく、家を出た時の「駄目」発言と関係あるのだろう。
乗ってきたタクシーを、北斗のアパートの前で停まっていて貰い、二階へと昇っていく。
そして、少し考えた後――一応、人様の家に乗り込むのでチャイムを鳴らし。
「……陸さん?」
声をかけながら、借りてきた鍵を使って中に入ると北斗から連絡があったのだろう。出て行った時同様、浴衣と羽織姿の陸が正座で蒼を出迎えた。
「…………」
「帰りましょう、タクシー待たせてますから」
咄嗟に思ったのは、謝って帰ってきて貰うべきかと言うことで。
……けれど昔、求婚したのも、ずっと陸のことを好きなのも。
そんな自分に女性を紹介されて怒ったのも、むしろ陸が謝るべきだと思うので、何とか堪えてそれだけ言った。
「……全く、お前は」
「陸、さん?」
しばしジッと蒼を見つめて、ふ、と陸が笑う。
それだけで、安心して泣きたくなるのを必死に堪えながら、蒼は陸へと呼びかけた。
「悪かったな、不安にさせた……帰って、ちゃんと話そう」
「本当ですか?」
「これ以上、長居したら北斗に悪いしな。お前に、嘘はつかないよ」
(隠しごとは、しますけどね)
ついそう思ってしまう自分は、子供なんだろうが――確かに、陸は嘘はつかない。今は、それだけで十分だ。
……あの家は、陸の家だから。長年住んでいるとは言え、一人だとどうしてもいたたまれなくなるのである。
そんな蒼を宥めるように、立ち上がりポン、と肩を叩いてくると――家を出て行った時同様、合切袋を手に取って、今度は二人で北斗のアパートを後にした。
※
「俺の両親は、俺が子供の時に病気や過労で亡くなっている」
タクシーを降り、一緒に家に帰ってきた陸が約束した通り口を開く。
「幸い、俺は祖父に引き取られたが、親がいないことには変わりがない。そんな中、お前の母親に会ったんだ」
蒼の母親にも親は無く、施設で育ったと聞いている。
実は昔、陸は母親のことが好きだから蒼を引き取ったのでは、と思ったことがあったが――当人には「あいつは、妹みたいなものだ」と一笑された。
今も不安が顔に出たのか、ふ、と陸が目を細める。
「まあ、学校なんかでは変に勘ぐられもしたけどな……あいつには、お前の父親がいた。高校で知り合って、卒業と同時に結婚したんだ」
父親には、母と違って両親がいた――けれど、父親は俗に言う不良だったらしい。陸に言わせれば「どっちかと言えば一匹狼?」らしいが、家族とは疎遠だったと言う。
そんな父だったが母を、そしてやがて生まれた蒼を養う為に就職し、真面目に働いていたそうだ。
「お前達一家は、俺の憧れだったよ。不器用だけど優しい父親に、明るい母親。そんな二人に愛されてる、お前……もっとも、出産祝いだけ送って会いには行けなかったけどな」
「どうしてですか?」
「その頃、祖父さんが亡くなって……まあ、寿命だったんだがな。喪中だったのもあったが、何かこう……」
そこで一旦、言葉を切って。
陸はため息と共に、思いがけない言葉を吐き出した。
「……俺が関わると、死んじまう気がして。だから、会えなかった」
「っ!?」
そんなことはない、と言おうとして――けれど、現に蒼の両親は亡くなっていて。
勿論、陸とは無関係ではあるけれど、タイミング的にそう思ったことは想像出来るので、蒼は言葉に詰まった。
そんな蒼に、ふ、と笑いかけて陸が話の先を続ける。
「本当は、お前を大切に思うなら引き取るべきじゃなかったんだろうな」
ともだちにシェアしよう!