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第1話
チリリン、とベルが鳴る。
「ハイハイ今行きますよー」
うちの若君、鳴神 螢 サマの朝は早い。
もう少しくらい寝ててくれていい、そう思うくらいには早い。
朝日と一緒に起きる生活に慣れているとはいえ、この歳になると些か辛いものがある。
トーストとスクランブルエッグ、ジャム……と朝食をワゴンに並べて、一旦身体を伸ばす。
「おはようございます、龍生 さん」
「おお、はよ」
ストレッチしながら振り向けば、心地良い痛みと気持ち良さが広がった。
「っあー……うし」
「終わりました?」
俺より少し目線の低い青年、従僕であるリオはにこやかに笑う。
「おお。良いねえ若い奴は。起きた瞬間から動けてよぉ」
オジサンうらやましーわ。
「ええ、まったくです」
そんな嫌味の全く通じない彼は、行きましょうと自分のワゴンに手をかけ、つられるように俺もワゴンを押した。
「おはようございます、若様」
扉を開けると部屋の主はぱっと顔をあげ、微笑む。
「ああ、おはよ」
窓際で読書をしていたらしい彼は、テーブルへ本を置くとふぁ、と一つ欠伸を溢した。
猫のようなその姿に内心笑み浮かべつつ、新聞を差し出した。
「お待たせいたしました」
「……ありがとう」
彼が読んでいる間に、俺はモーニングティーを、リオは今日の衣服の準備を整える。
「何か面白いニュースはありましたか?」
「ん~……あんまりないなあ」
言葉通り、全てのページに目を通しているものの、しっかり読み込んでいる様子はない。
それでも週末の夜会の為だろう、新聞をたたむ事なく読み進める姿に、俺を拾ってくれた雇い主が重なる。
鳴神 司 。
彼の父親であり、俺の恩人。
あの人がいなければ、俺は今頃道を踏み外し塀の中にいたかもしれない。
「(いつかは若君もああなるのかねえ……)」
どんな時もにこやかに、かつスマートに。
「(んで、俺みたいなの拾ってきたりして……)」
御歳六十を超え尚、世界中を飛び回る彼を頭に浮かべ、出会った頃の彼の年齢に近づいてきた若君を見てしみじみ思い、口元が緩む。
と。
「……、龍生」
「! ……何でしょうか、若様」
「何をそんなに、にやにやと笑ってるんだ?」
変なものでも食べたか?とトーストをかじる手を止めた彼がこちらをじっと見つめる。
「いえ、何でもございません」
キリッと顔を引き締める。
「? ……そうか、ならいいんだが」
彼の後ろ、つまり死角になる位置でリオが可笑しそうに声を出さずに笑っていた。
「若様、年を重ねると思い出し笑いが増えるものですよ」
「そうです、お気になさらず」
便乗してしまえと笑顔のまま告げれば、不思議そうな顔をする彼だったが、すぐにそうかと頷き朝食へ視線を戻した。
それを合図に、懐から手帳を取り出す。
「では、本日のご予定を」
時間と項目を読み上げ、確認事項をいくつか確かめ、スケジュールをまとめていく。
「……わかった、ありがとう」
彼の頭の中で整理されたであろう予定表。
何も言わないということは変更はないようだ。
「それでは、この通りに」
頭を下げ、他の使用人達に指示を出すため部屋を後にする。
「さて、今日も頑張りますかね」
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