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第2話

彼は僕が生まれて間もない頃に、父さんが連れてきた。 赤ん坊だった僕は当然、その時の事は覚えていない。 家令に言わせれば、口が悪くて短気。 メイドさんに言わせれば、顔立ちは好き。 父さんに言わせれば、根は素直でイイコ。 物心がついた頃の彼の評価は、良いとは言えなかった。 家令に至っては、しょっちゅう『鳴神家の名に傷が付きます!』と怒っていた。 それでも彼が二十四年間クビにならなかったのは、ある程度の事はそつなくこなしてしまう、その器用さのおかげだろう。 「……あ」 「どうかされました?……ああ、なるほど」 従僕であるリオは、外を眺めて思わず声を出してしまった僕の視線を追い、納得した笑みを浮かべる。 「若様は、本当……龍生さんがお好きですね」 「……言うな」 言葉にされると恥ずかしい。 でもそれは、他ならない真実だからで。 視線の先にいる執事は、飼い犬達にじゃれつかれ、困ったように笑っている。 「……ちょっと行ってくる」 ごゆっくり、という言葉を背に扉を閉めた。 元々入っていた予定が先方の都合でキャンセルになり、加えて今日は特に仕事もないから、と急遽休日になった。 とはいえ、住み込みな上家族と呼べる者がいない俺にとって、特にすることもなく。 庭の草木をチェックしながら散歩でも、とのんびり歩いていたら、風を切る音がした。 ふと目を向ければ、こちらに駆け寄ってくる鳴神家の番犬達の姿があった。 ーーーー猛ダッシュで。 「……ッちょ、お前らストップ!」 そんな声も虚しく、三頭に勢いよく飛び付かれる。 「(そういや最近構ってやれてなかったなあ……)」 スローモーションのように流れる景色を横目に腰に衝撃が走る。 「ってぇ……もう、俺もお前もいい歳なんだからちょっとは抑えろよなあ」 一番付き合いが長く、のしかかっている一頭を嗜め、くぅんと鼻を鳴らす彼の頭をわしゃわしゃと撫でる。 それを合図に他の二頭も頭や鼻を擦り付けてきた。 「っはは、くすぐったいっての」 嬉しそうに尻尾を振る姿に目を細めていると、ふと彼らが一点を見つめ、動きを止める。 同じようにそちらを見遣れば。 「龍生」 「っと、若様」 いつもより幾分かラフな格好をした彼は手にしていたタオルを俺に差し出した。 「大丈夫……そうだな、楽しそうだし」 「すみません、ありがとうございます」 タオルを受け取りながら、見られてしまいましたかと呟けば『偶然な』と綺麗な微笑みを返される。 「遊んでもらえて良かったな、お前達」 しゃがんだ彼のもとへ歩み寄り、尻尾をぱたぱたと嬉しそうに振る犬達。 灰茶の髪と琥珀色の瞳が相まって、若君はさながら狼の群れのリーダーのようだ。 そんな光景を微笑ましく思っていると若君が顔を上げ『龍生』と名前を呼ぶ。 「はい、なんでしょう」 「……休みなのに悪いんだけど」 ばつが悪そうに、少しだけ照れたように若君は目を合わせた。 「……紅茶、淹れてくれないか?お前のじゃないと、調子が出なくて」 断る理由もない俺は、にこやかに笑みを返す。 「わかりました、少々お待ち下さい」

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