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第3話
「(そういや、あの人に初めて褒められたのも紅茶だったな……)」
コポコポと沸くお湯を眺めながら、そんなことを思い出す。
『龍生君の淹れるお茶は美味しいね』
その言葉を聞きたくて、ひたすら頑張った記憶がある。
叶わない想いだと分かってはいても。
傍にいれるだけで嬉しかったあの頃。
「龍生さん?どうかされましたか?」
懐かしさに身を浸していると、ひょっこりとリオの顔が覗く。
「! ……悪ィ、今行く」
思い出というのは、一つ思い出すとずるずると芋づる式に次から次へ頭の中へと現れるものだ。
そしてそれは幸せなものばかりではなく、辛かったことも同じように浮かんでは消えていく……いや、辛かったものほど頭に残って、苦い思い出として再生される。
『……ごめんね、龍生君』
「……龍生。大丈夫か?」
あの人の辛そうな顔を思い出したところで、若君の声で現実に引き戻された。
「ッ……すみ、ません。大丈夫です」
不安げなその顔が記憶の中の彼に重なってしまい、一瞬言葉に詰まる。
それでも、笑顔を貼りつけ応えてはみたものの、若君の顔は変わらず不安そうで。
「今日の紅茶はいかがでしょうか」
話題を逸らす、というには強引すぎる手法だったが、問い詰めることもなく若君は紅茶を口にした。
「……うん、美味しい。いつも通りだよ」
その言葉に安堵して、 胸を撫で下ろす。
「休みなのに悪かったな……ありがとう、龍生」
先ほどまであの人の記憶が巡っていたせいだろうか、いつもと同じはずの、若君の笑顔がひどく胸を高鳴らせた。
「若様のためなら、いつでもご用意致します」
さらりと口をついて出た言葉。
それは本心のはずなのに、なんだかモヤッとした感情が湧き上がってくる。
「……?」
自分のことなのに、よくわからないソレに心の中で首をかしげ、窓の外を眺める若君へ視線を戻す。
「ああ、そうだ。明後日」
唐突に投げられた言葉に反射的にはい、と頷き、その先に紡がれた言葉、あまりのタイミングの良さに思わず固まってしまう。
「明後日。父さん、帰ってくるからよろしくな」
あれから二日。
屋敷の清掃に食材の仕入れ、庭の手入れ。
いつもより更によりをかけて、屋敷内の全てが綺麗に整えられていた。
やがて門が開き、一台の車が進んでくる。
ぴたりと停まり、運転手が車のドアを開けた。
運転手にご苦労様、と声をかけながら車から降りた彼はにこやかに若君とこちらへ歩いてくる。
五十代と言っても問題なく通じそうな、年齢を感じさせない姿に再び昔を思い出しつつ、彼を迎える。
「ただいま、龍生君」
「お帰りなさいませ」
一人一人に挨拶をし、笑いかける。
昔と変わらない姿に、こういう所が好きだったなあ、なんて年甲斐もなく思ってしまう。
「変わりないかい?」
「はい。何しろ、若様が精力的に頑張っておられますので」
そうか、と目を細め彼は隣にいた若君の頭をぽんぽんと撫でた。
「やめてください父さん」
照れくさそうにしながらも、どこか嬉しげな顔の若君に可愛らしさを感じつつ、それではと二人に向き直る。
「夕飯の支度が整っておりますので、広間へお越し下さい」
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