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第4話

父さんが帰ってくると、大抵いつも何かが起こる。 それは良いこともあれば悪いことも当然、ある。 「螢、おいで」 ちょいちょいと手招きされ、父さんの部屋に入るよう促された。 「何でしょうか」 「もう……今は仕事中じゃないんだから、親子として話そうよ」 「…………なに、父さん」 しばし考え、そう応えるとクスクスと笑って話を始める。 「まあそう焦らずに。近況くらい聞かせておくれ」 ベルを鳴らし二言三言告げてから、ほらとソファーを示された。 妙に楽しげなその姿は僕がまだ幼かった頃の父を思い起こさせる。 すとん、と腰を下ろし向かい合う。 「龍生君が褒めてたね。頑張ってるみたいじゃないか」 「……ありがとうございます」 それで、と笑ったまま父は告げる。 「螢。お前、仕事と勉強は順調みたいだけれどプライベートはどうなんだい」 「プライベート?」 「そう。好きな人とかいないのかな?」 「好き……なひと」 真っ先に浮かぶのは龍生の顔で。 すっと伸ばされた背筋。 紅茶を淹れる手つき。 僕を呼ぶ声、見つめる瞳。 時折見せる砕けた笑顔。 その全てが、僕を虜にする。 けれど、それは。 知られてはいけない、ことだから。 「特にはいない、よ」 父はそう答えた僕を数秒、じっと見つめた後、そうかと呟き席を立つ。 「なら、話があるんだ」 そして自分の仕事机からあるファイルを取り出し、目の前に差し出した。 「少し考えてみてくれないか?」 「失礼致します」 顔を上げた先、窓際にいるのは若君……ではなく、司様。 「元気そうだね、龍生君」 「……はい。司様も、お元気そうで」 穏やかに微笑むその姿は、紳士という言葉を体現したようだ。 思い出話、最近の話……世間話に花を咲かせどのくらい経ったろうか。 ふと真面目な顔をした司様は真っ直ぐ俺を見据える。 「龍生君にね、聞きたいことがあるんだ」 「はい」 言葉を待つも、彼は困ったように笑ったまま、珍しく口ごもる。 「……司様?」 やがて意を決したらしく、俺の目を見た。 「螢は、想い人がいるのかな」 「……は?」 思わず素っ頓狂な声を出してしまい、即座に失礼致しましたと頭を下げる。 「私が見ている限りでは、若様は勉学に励み、司様の後を継ぐ為に日々努力を重ねておられます」 「ふむ。そうか……」 「……?」 しばらく顎に手をあて考えこんでいた彼は、再び俺を見る。 「いや、螢もそろそろいい歳だし、支えてくれる人がいたら良いんじゃないかと思って」 その言葉に妙に胸がざわつき始める。 「けど、その話をしたらあまり乗り気じゃなくて。どうしても嫌なら、無理に進めるのは私としても本意ではないからね」 だから無理にとは言わないが、と司様。 「さりげなく、いないかどうか探してみてはくれないだろうか」 畏まりました、と部屋を出た直後、若君の部屋からベルで呼び出され、考える暇もなく彼の部屋を訪れる。 「若様、どうかなさいましたか」 扉を開けた先にいつものクールな面影はなく、あったのはただぼんやりと外を眺める若君の姿だった。

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