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第5話
この想いを伝えるつもりはなかった。
伝えてしまえば彼を、龍生を苦しめることになるのは分かっていたからだ。
それでも今、鳴神家の後継ぎとしての選択肢を示されて、僕が初めにしたことは龍生を傍に呼ぶことだった。
「若様、どうかなさいましたか」
部屋に来て開口一番、龍生は心配を滲ませた声音でそう言った。
まあ明かりもつけず、外を見ていれば誰だって心配になるだろう。
「ん……ちょっと、な」
「だいぶお疲れのようですね」
すっと近寄ってきた彼からはふわりと、父さんの甘い香りがする。
「さっきまで……父さんと話を?」
「はい。話がある、と」
一瞬驚いた顔を見せたものの、すぐさま表情を隠し頷いた。
「…………そう、か」
父に嫉妬するなんておかしい。
そう思いつつも、少し苛立ちが募る。
「あのさ、龍生。聞いたかもしれないけど」
ふ、と視線を向けるが何せ暗い室内。
表情を伺い知ることは出来ない。
「父さんがさ、縁談を持ってきたんだ」
「……はい」
心のどこかで、期待していた。
止めてくれはしないか、と。
「お前は賛成、か?」
窓際に腰をかけた若君は月明かりに照らされ、妙に儚げで美しく感じた。
お疲れのようですね、と声をかければ彼は薄く微笑みながら息を吐く。
暗い中でも分かる。
その笑みに明るさはなく、いつもの大人びた雰囲気も無い。
「お前は賛成、か?」
そこにいるのは鳴神家後継ぎとして勉強を重ね、必死に父親を追う若君ではなく、人生の岐路に立たされ、ただただ悩む一人の青年の姿だった。
その泣き出しそうな顔に、無性に抱きしめたい気持ちに駆られ、胸のざわめきが大きくなる。
「若様……」
手を伸ばしかけ、ギュッと握りしめる。
「……私は、若様には幸せになって頂きたいです。司様と若様がおられたから私は道を踏み外さず、こうして生きてこられました」
すとん、と目の前に跪く。
「……もし、望まない婚約ならば、なさらないで下さい。亡くなられたお母様も若様が辛い顔をするのは望みませんよ」
俺の言葉をじっと聞いていた若君は、視線を一二度さ迷わせ、震える手を俺に伸ばす。
そしてーー
「…………たつ、き」
「!」
司様とは違う、爽やかな香りが鼻をくすぐる。
抱きつかれたのだと気づいたのは、ぎゅうと背中に腕が回されてからだった。
「若、様……」
「ごめん……龍生……ごめんな……」
その言葉はあの日彼の父から、司様から告げられた言葉と同じだった。
けれど、その意味が違うことは。
いくらまともな恋愛をしてこなかった俺でも、痛いほど分かる。
「…………龍生、好きだ……好きだよ……」
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