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家族-4-

 アークに迫る令嬢と言う名の脅威から守っていると、時間はあっという間に過ぎ、気か付けばパーティーはお開きの時間となっていた。  魔術師の訓練より酷い疲労に襲われていたジェリドは面倒な役回りを押し付けた張本人を探すべく会場内を見回した。目立つ容姿とはいえ、多くの人間が交差する会場で人一人を見つけるのは容易ではなく、忙しなく辺りへ目をやっていると背後から声がかけられた。 「おやおや。誰かお探しかな?」  振り返ると、山盛りの骨付きチキンが乗った大皿を五枚もトレーに乗せ、それを片手で起用に支えるミルフィーがいた。  アークの壁をやっていた為、食事を取る暇がなかったのは分かるが、会場中のテーブルから骨付きチキンを掻き集めたかのような量に、ジェリドは顔を顰めた。 「お前、それ全部食べるのかよ」 「うんうん。食べるよ。ジェリエッタにも分けてあげようか?」 「要らねーよ。それよりイグルの野郎知らねぇか?」 「んー。イグルんなら中庭でデュークくんと談笑していたよ」  指し示された方向をキッと睨むと、ジェリドは令嬢の姿のまま肩を怒らせ、大股で歩いて行く。  何やら面白い事になりそうだと、ミルフィーはトレーを片手に乗せたままジェリドの後を追った。  行き交う人を避けながら中庭へ進んでいくと、デュークとイグルの姿があり、ジェリドはない袖をたくし上げるような動作をすると、怒鳴りつけるために息を吸い込んだ。  その時。 「きゃあああ。イグル様ぁ~」 「デューク様ぁ~」  複数の黄色い声が上がった。  怒鳴るタイミングを失ったジェリドが固まっていると、肩に手が置かれた。 「今は止めとけよ」  何時の間にか姿変えの術式を解いたダートが首を振った。 「その姿で国の人気ナンバーツーを怒鳴りつけてみろ。大変な事になるぞ」 「そうだねぇ。アークくんと親密な間柄って設定で敵視されているのに、イグルんに酷い態度とろうものなら今夜中に暗殺者がダース単位で送られてくるよ」 「んな事……」  ある訳がないと笑い飛ばそうとするが、令嬢姿のジェリドを視界に捉えた令嬢たちの刺す様な視線に寒気を覚え、言葉を飲み込んだ。 「それにしても、主であるアークくんに対しても常に無表情のイグルんが笑顔で対応しているとか、涙出そうだよね」 「そおかぁ? アークの為なら猿のモノマネでも何でもやる奴だぞ。作り笑顔くらい余裕だろ」 「まぁまぁ。そうだけどね。生きた人形状態だった頃を知っているだけに、よくぞここまで育ったなって、元同級生は思うのだよ」 「確かにな。けど、表情がついた分、ムカツキ度が割り増しになったよな?」  同意を求められたダートは曖昧に微笑み、肩を竦めた。 「俺はそうでもない」 「ほらほら。そんな風に感じるのはジェリエッタだけだよ。ひねくれ屋さんなんだから」 「ひねくれてねーし」 「もうもう。本当はイグルんの事、大好きなのに~」 「勝手な解釈止めろ。ピンク頭」  むふふっと意味ありげに微笑むミルフィーを睨みつけていると、肩を叩かれた。 「アレ、当分引かないぞ」  ダートが顎で示した先には頬を赤らめ、熱っぽい瞳でイグルとデュークを見詰める令嬢達の姿があった。 「出直した方がいいんじゃねぇ?」 「うんうん。あっちで皆でお肉食べようよ?」  こちらの存在に気付きながらも無視を決め込んでいるイグルに向け、殺気の篭った目で睨むものの、睨むだけ無駄だと諦め、二人を伴ってジェリドは会場へと戻る事にした。  大広間に戻ると、まだ多くの招待客が残っており、アークの父テールスと弟のラヒークに群がっていた。パーティーの主役であるアークの姿を探すが見つからず、屋敷の奥へ通じる扉へ向かうと黒衣の騎士が仏頂面で立っていた。 「何してんだ。お前?」 「アーク様会いたさに勝手に通り抜けようとする者がいる。その見張りだ」  普通の見張りなら、権力を振りかざし突破しようとする者もいるかもしれないが、黒目黒髪から不吉な存在として敬遠されている事に加え、ノエル騎士団副団長の威厳は伊達ではなく、ログに近寄ろうとする令嬢は少ない。  例え、近寄ってきたとしても権力にも泣き落としにも動じない黒騎士は頑として誰も通す事はしない。 「客室でアーク様が待っている」  黒衣の騎士の脇をすり抜け、教えられた部屋へ行くと白い礼服のままのアークがレイナと共にソファに座っていた。  初めてのパーティーに疲れたのか、レイナはアークに寄りかかるようにして眠っており、三人が無言のまま入室すると、側に控えていた執事が一礼し、レイナを抱きかかえ退出した。  その姿を見送った三人は詰めていた息をそっと吐いた。 「疲れた」  そう零すと、ジェリドは姿変えの術式を解き、元の姿に戻ると恨めしそうにアークを見やった。ダートは疲れた笑みを浮かべ、ミルフィは何時もの笑顔のまま、手に持ったままの肉盛の皿をテーブルに置いた。 「今日は有難う」  アークから声をかけられ、三人は空いている席に腰を落とすと、扉がノックされた。  アークがそれに応えると、メリーが顔を覗かせた。 「色々持って来ましたよ」  後ろ歩きで入室するメリーの左右の手には一台ずつサービスカートが引かれており、会場から掻き集めたらしい料理や飲み物が乗っていた。 「面倒くさいお嬢さん方の相手で、食事をする暇もありませんでしたから、お腹空きましたでしょ?」 「うんうん。そうだね」 「招待客の殆どが、おしゃべりやダンスに夢中でしたから、たくさんの料理が手付かずで残っていました。骨付きチキンはミルフィーが殆ど持っていってしまいましたが」 「あーー。それはごめんね。でもでも、骨付き以外は手を出していないからね?」 「確かに。その他の肉料理は残っていましたので、運べるだけ持って来ました」  口を動かしながら同時に手も動かし、手際よく料理を並べて行くメリーと、飲み物を人数分ミルフィーが注いでいき行き、テーブルの上は一杯になった。 「何時でもアークに会えるノエル騎士団のお二人は放っておいて、私達だけでお疲れ様パーティーを致しましょう」 「さあさあ。皆、グラスを持って」  ミルフィーに肘で突っつかれ、音頭を取るように催促されたアークはグラスを高く掲げた。 「お疲れ様」 「「「「お疲れ様」」」」  五人それぞれグラスを合わせると、そのままシャンパンを一口だけ飲んだ。  ジェリドとダートはグラスをテーブールに置き、料理を取り分けると勢いよく掻き込み、ミルフィーとメリーはグラスをそのままに、アークへと向き直った。 「やっと、君と話が出来る」 「ミルフィ先輩。メリー先輩。お忙しいだろうと招待状も送らずすみませんでした」 「いやいや。こちらこそ招かれてもいないのに押しかけてすまなかったね」 「今日は来て下さり有難う御座います。先輩達の元気な顔が見られてよかったです」 「それはこちらのセリフよ」 「うんうん。アーク・エス・ノエル。よくぞ帰って来てくれた。君が戻らなければ、この国は終わっていたかもしれない」 「そんな大げさな」 「いやいや。大げさではないよ。君が魔王に捕らわれたと知り、多くの騎士団が救出の任を与えてくれと王に願い出たが命令は下されず、騎士団を辞めて一市民として救出部隊を結成する者もいたのだよ」 「私達も救出部隊を結成したのがイグルやジェリドなら、騎士団を辞めて加わっていたと思います」 「うんうん。でも、イグルんもジェリドもログくんも動かなかった。誰よりも君を救出に行きたいはずなのにね」 「それは…父テールスが必死に説得し、思い留まらせたと聞いています」 「イグルんはアークくん至上主義だからね。君を助け出す為ならその他大勢の命を幾らでも使い捨てる。ノエル騎士団、モードン騎士団、シム騎士団だけでなく、動かせる騎士団全てを投入、全滅したとしても君さえ取り戻せればいいと考えるからね」 「危険極まりない思考よね」  そう言いながらも、メリーに不快の色はなく寧ろイグルの考え方を肯定するかのように、口端に笑みが浮かんでいる。 「それじゃあ、アークくんの帰る場所がなくなってしまう。友も部下もいない騎士団などありえない。第一、自分一人の為に何千の人が死んだとしたら、君は自分を責める」 「それが分かるくらいには成長したのよね。あのポンコツ」  ミルフィーとメリーは嬉しそうに笑いあい、再びアークへと向き直る。 「学生時代の魔道書の件もある。私達は…あの時君によって救われた多くが、君を助けに行きたかったんだよ」 「魔道書の事件はヴェロニカ先生が解決したもので、俺は何も……」 「実際はそうだったとしても、君が動いたから、赤毛の女性も動いたに違いないよ。つまり君が救ったも同然だ」 「魔道書の件を除いても、あなたには多くの借りがありますからね」 「何一つ返せないまま終わってしまわなくてよかったよ」  グラスを持ったままの腕にメリーが腕を絡ませ、空いている左手をミルフィーは握り締める。 「おい、ブス共。いい加減アークを解放してやれよ。お前らが引っ付いていたんじゃ、飯も食えないだろーがよ!」 「誰がブスだって?」  ジェリドの言葉に反応したのはメリーの方で、先程までの優しい口調から一瞬で別人のような口調に変わった。 「お前だよ! 性格ブス!」 「やんのかコラァ!」 「上等なんだよ、コラァ!」  アークから離れると、メリーはジェリドの胸倉を掴み、ジェリドはバカ力で胸倉を掴む腕を握り返す。 「相変わらずひ弱だなぁ。ジェリド」 「テメェが怪力過ぎるんだよ。メスゴリラ!」  チンピラの小競り合いのような遣り取りを始めた二人を見て、アークは頬を緩ませた。  繭の中で見ていた思い出の続きを見ているようで、おかしく。平和な日常の遣り取りに肩の力が抜けるようだった。 「ねえねえ。アークくん。今回は何も出来なかったけど、何かあれば言ってくれよ? 私達だけでなく、皆が君に相談されるのを待っている。頼りにされたがっている」 「ミルフィー先輩……」 「この国はね、君のために何かしたくて、うずうずしている人間で溢れているんだ」  ミルフィーは握ったままの手を握り締める。 「遠慮される方が悲しいよ」  魔王城を出てから、勇者でなくなった自分を皆が失望するのではないかと考えていたが、力を失ったからこそ、より一層寄り添ってくれる存在がある事に恥じる思いだった。  ――信じる事が出来ず、すみませんでした。 「ミルフィ先輩。困った時には先輩に連絡させて頂きます」 「待っているよ」  来賓客が全て帰ったのを見届けると、アークはその脚で敷地内にある別邸へと向かった。  人気のない建物を前に暫く佇んでいると、近付く人の気配があった。  気配の主が誰かは容易に分かり、振り向く事無く別邸を見詰めた。 「ここで何をしているんですか?」  感情の起伏のない静かな声に問われ、消え入りそうな声で答えた。 「不安だったんだ」  気配の主がそっと隣に並び立ち、アークは涼やかな友の顔を見た。 「今日は沢山の人間が出入りしたからな。誰かがアレに気付きはしなかったかと、心配で確認しにきたんだ」 「魔法使いが封印した物に気付ける人間など、いる訳がありませんよ。万が一、気付けたとしても封印を解く事は不可能です」 「封印解除を得意とする魔術師も多くいるだろう」 「確かにいますが、設定された解除方法を行わなければ、誰であろうと無理です」  白銀の友人の言葉に間違いはないと分かっていても、不安を拭えないアークは納得する事が出来なかった。 「貴方が高等部時代に書き上げた星の詩。あれをこんな所で朗読するものが現れない限りは大丈夫です」  思いも依らなかった呪文設定に、アークは頬を引き攣らせた。 「あっ…あれを呪文にしたのか?」 「アレを記憶しているのは貴方と私くらいなものです」  そうだろうか?  星の詩は夏休みの課題の一つとして書いたものの、少々気恥ずかしくなり、お蔵入りさせたものだ。  イグルに見せた覚えはないが、知っていると言う。  なら、他にも知っている人間がいるかもしれない。  例えば、息子を溺愛する父テールスあたりが……。 「何時見たんだ……」 「私は貴方の影です。貴方について知らない事はありません」  粗探しではなく、守る為に全てを把握しようとしてくれているのは分かっている。  有り難いと感謝もしている。  しているが……。 「アレを使う必要性はあったのか?」 「少数の人間しか知らないもので、貴方が記憶しているものがよいと判断しました。いけませんでしたか?」  ――いけないわけではないが……。 「いざと言う時に、アレを叫ばないといけないと思うとな……」 「叫ぶ必要はありません。小声でもいいので対象物の前で言えばいいだけです」  小声とはいえ、学生時代に書いた詩を口にすると考えるだけで、顔が赤面した。 「その…なんだ。心が折れそうだ」 「大丈夫です。アレの封印を解く事態にならないようにしますから」 「そ、そうだな。うん」  恥ずかしさから両手で顔を覆うアークの肩を抱き寄せる。 「さあ、戻りましょう。ご家族がお待ちですよ」  暫く顔を上げる事が出来ないアークはイグルに導かれるままに、屋敷へと歩いた。 

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