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家族-3-
パーティーはノエル家当主であるテールスの挨拶で始まった。
簡素な挨拶を終え、壇上から下りるテールスに拍手が送られ、入れ替わりにアークが壇上へ上がると、一際大きな拍手が起きた。
白い衣装に身を包んだ凛々しい姿に興奮を抑えられない複数の令嬢が口々にその名を叫ぶ。
通常ならばはしたないと窘められるところだが、会場中が勇者帰還の喜びと興奮に沸いており、気にする者もいない。
アークが右手を上げ静寂を促すと、拍手は止み会場は静まり返った。
「今日は私の為にお集まり頂き有難う御座います……」
定型の挨拶に始まり帰還できた喜びと感謝の気持ちを飾らない言葉で伝えて行く。
早朝の澄んだ空気のように穏やかな声音で紡がれる言葉に来賓客は聞き入り、中には涙ぐむ者もいた。
閉めの挨拶を口にすると会場は拍手に包まれ、アークと入れ替わりにテールスが壇上へ上がった。
「ささやかなパーティーではありますが、皆さん楽しんでいって下さい」
テールスの言葉で楽団は演奏を始め、会場に音楽が流れ出すと三男のラヒークはレイナの前で跪いた。
「お嬢さん。この私と一曲踊って頂けませんか?」
ノエル邸に滞在している見知らぬ少女が尊敬する兄アークの命の恩人だと聞いていたラヒークはダンス禁止の兄に代わりにレイナと踊ると決めていた。
前日からレイナと特訓しパーティー当日にアークを驚かせようと示し合わせていたのだが……。
平民、しかも田舎の娘であるレイナは着慣れない煌びやかなドレスと城としか思えない絢爛豪華なパーティー会場に気後れし、ガタガタと身体を震わし笑顔を作る事も出来ない。
練習通りに差し出された手を取らなくてはと頭では分かっていても身体が言う事を聞かず、棒立ちとなっていると周りからひそひそと囁きあう声が耳に届く。
会話の内容は分からなくとも、何を言われているかはレイナにも想像がつく。
ラヒークが貴族としてどれほどの地位にいるか、レイナには分からない。
ただ勇者アークの弟を跪かせ、そのままにしているのだ。
無礼だと言われている事は分かる。
分かっている。
分かってはいても動けない。
「レイナ?」
気遣わしげなラヒークの呼びかけも耳に入らず、会場中の視線を感じて緊張から滝のような汗を流す。
顔を青くし、震えているレイナを救わねばとラヒークが立ち上がるのと同時に、少女を抱き寄せる腕があった。
「悪いなラヒーク。レイナは私と踊る約束をしているんだ」
「兄上」
「踊るなら俺の後にしてくれるか?」
そう言うと、アークはラヒークにウィンクを投げ、レイナを横抱えにしてダンス広間に運んで行った。
ダンスをする者のいない広間で、リードと言うよりもレイナを抱きしめたまま回っているアークを見ながらガード役の四人は頭を抱えたい衝動に駆られた。
これでダンスを申し込む令嬢が押し寄せてしまうと。
姿変えの術式で令嬢に化けているジェリドとダートは『余計な真似をしやがって!』と舌打ちし、黒い衣装に身を包んだイグルとログは想定内の行動に軽い溜息を零した。
「おやおや。流石は皆の理想の王子様、アークくんだね。イグルん?」
男女問わず見るものを虜にする白く妍麗な姿に加え、実力も第一位の魔術師であるイグルをイグルんなどと馴れ馴れしく呼ぶ人間はこの世に一人しかいない。
四人が一斉に声の主を見れば、目に鮮やかなピンク色の髪を結い上げ、ドレスを着こんだ魔術師学校時代のクラスメイトミルフィーと、その隣には小柄な身体と幼い顔から年齢不詳、魔術師学校で一二を争う狂暴な性格であったメリーの姿があった。
「ゲッ!」
思わず声を漏らしたジェリドは慌てて顔を扇子で隠したが、反応から目の前の令嬢が顔見知りだと察したミルフィーはそっと令嬢の正面に回り込んだ。
「やあやあ。久し振り? かな? どちらの誰さんかな? 教えてくれると嬉しいな」
完全に別人へと姿を変え、隠す必要のない顔を必死に隠す事から顔見知りなのは間違いなさそうだと顔を覗き込むが、一向に名乗ろうとしない。名乗りたくないならそれでいいと諦めるミルフィーとは反対に物事をはっきりさせないと気が済まないメリーはそっとジェリド扮する令嬢の尻を撫でた。
「名乗りたくないならぁ~、名乗りたくなるようにすんぞ?」
愛らしい顔に似合わないドスの利いた声で囁かれ、かつて何度となく股間を握り潰された記憶からジェリドは身を竦ませた。そんな親友を救うべく、隣に立つダートが声を発した。
「わたくしはダートです」
おほほ――と、わざとらしく微笑むとミルフィーとメリーは顔を見合わせた。
「そっちがダートなら、こっちはトライルかしら?」
「いやいや。この反応はジェリドくんじゃないかな?」
正解を求めるようにのぞき込まれ、仕方なしにジェリドは頷いた。
「貴方達が何故ここに? 今日のパーティーは身内だけのものですよ」
作り物のように整った美貌の持ち主に感情の籠らない冷ややかな声で問われれば、大抵の人間はショックを受けるが、同じ学び舎で過ごした二人は嬉しそうに微笑んだ。
「いやいや、イグルん。ブレないね~。相変わらずで嬉しいよ」
「流石は氷の王子様ですね」
うふふっ――と、楽しそうにしている女子二人に感情ない声で更に問う。
「それで、どうやって入り込んだのですか?」
二人はお互いの手と手を握り合わせ。
「「それは女の子の秘密です」」
と、声を揃えて答えた。
聞くだけ無駄だと、イグルはそれ以上追及するのを止め、話題を変えた。
「暇なら手伝って下さい」
「おやおや。私達はお客だよ?」
「招待状をお持ちではないですよね?」
「……」
女子二人は笑顔のまま固まると、思い出したかのように口を開いた。
「うんうん。やっぱり暇だったよ。何をお手伝いしたらいいかな?」
「友達同士、困っている時は助け合いよね?」
イグルと女子達の遣り取りを横目で見ていたジェリドとダートは『白々しい』と心でごちた。
「今日のパーティーでは、アークはダンスを踊らないと招待客全員に伝えてあったのですが……」
イグルの視線を追ってみれば、広間で小さなレディと踊るアークの姿があった。
何を助けたらいいのか容易に想像がついた二人は苦笑した。
「こりゃこりゃ。申し込み殺到しそうだね」
「言って分かってくれるお嬢さんが多いといいですね」
「断っても食い下がるしつこい令嬢は、私がダンスに誘いアークから引き剥がします。私が踊っている間は守りが手薄になりますので、臨機応変に……」
「失礼」
会話に割り込む声に一同振り返れば、黒の衣装に身を包んだ金髪碧眼の男が立っていた。
ヴェグル国の勇者アーク・エス・ノエルの個人情報は趣味嗜好に始まり下着や靴のサイズ、そして家族構成まで国民に知れ渡っている。
遠く離れたモードン家で暮らす弟二人の顔を見た事はないが、パーティーが始まる前からテールス・エス・ノエルの隣に立っていた事から目の前の男がアークの弟だと想像がついた。
ミルフィーとメリーは答え合わせをするようにイグルへ目を向ければ、氷の王子らしからぬ笑顔を浮かべ、男に対応していた。二人は驚きに目を見開いた。
「デューク。どうしました?」
「父上からアークを助けるように言い使いましてね。防波堤になりに来ました」
「そうですか、助かります」
「ところで、そちらの素敵なお嬢さん達はどなたですか?」
「こちらはアークの友人で、ミルフィーとメリーです」
紹介された二人は即座に表情を作り変え、ドレスを摘み上げると礼儀正しく挨拶した。
そして改めてデュークを見れば、切れ長な瞳が印象的な端正な顔は誠実な人柄が滲み出ており、背は高く騎士として鍛え上げられた体躯は肉感を覚えるほどに艶かしい。
青年から大人の男へと変貌を遂げる途中の危うさは見る者の心を揺さぶり、落ち着かない気持ちにさせるに違いない。
そんな魅力的な騎士に微笑まれ平静を保っていられるのは、アークやイグルなどの容赦ない美貌の持ち主を間近に見てきたからだろう。
「それで、そちらの二人は?」
イグルの後ろに隠れるようにしている偽令嬢二人を問われ、イグルは笑顔を深めた。
「こちらの二人は名前は明かせませんが、アークと親密な関係の者です」
意味深な紹介をされ、ジェリドとダートは頬を引き攣らせ、デュークは驚きに目を丸くした。
「それは……未来の義姉候補の方と言う事ですか?」
笑いを噛み殺している女子二人を無視し、ジェリド達は心の中で必死に『違う!』と叫ぶが、イグルが訂正しない事を答えと受け取ったデュークは改めて偽令嬢達に挨拶をした。
アークから注目を少しでも逸らす生贄として投下された二人は、腹黒銀髪へ呪いの言葉を脳内で繰り返す。
偽令嬢二人を恋人と勘違いしたデュークからの質問に作り笑顔を張り付けた状態で対応していると、側耳を立てている者達からの容赦のない視線が向けられる。
居心地の悪さから尻のムズ痒さを覚えているところに、ダンスを終えレイナと共にアークが戻って来た。
「兄上」
会話を打ち切りアークの元へ向かうデュークの後姿を見送り、質問攻めから解放されるとホッと息を吐いたのも束の間、直ぐに次の質問者が現れた。
妙齢の令嬢五人。リーダーと思わしき令嬢が二人に詰め寄る。
「お話宜しいかしら?」
微笑を浮かべてはいるが、目が笑っていない。
敵意の篭った視線に半歩後ずさるが、その分令嬢達は詰め寄る。
「貴方達アーク様とはどういったご関係なのかしら?」
「私達はその……」
「パーティー会場でお見かけした事がありませんが、お名前は?」
「どちらからいらしたの?」
「爵位は?」
五人から矢継ぎ早な質問攻めに合い、ジェリドとダートはその場に釘付けとなった。
そんな二人を余所にミルフィーとメリーはアークへのダンスの申し込みを丁重に断り、頑として諦めない令嬢はイグルとデュークが言葉巧みにダンスに誘いアークから引き剥がす。
一向に減らないダンスの申し込みを断りながらミルフィーはダンスフロアへ目を向ければ、優雅にワルツを踊るデュークの姿が見えた。
多くの招待客が踊る中、一際目を惹く。
まるでそこにだけライトが当っているかのように。
流れるような美しいダンスに見惚れていると、一曲踊り終わったデュークが戻ってきた。
「デューク」
自分の代わりにダンスの相手を務めてくれた弟を労う為に、アークは席を立ちデュークへ側寄った。
並び立つ兄弟の姿に会場中の視線が集まる。
だが、その視線の先がどこかをミルフィーは身を持って知る。
眩い金髪にそれぞれ印象の異なる凛々しい横顔。背の高さも身体つきも大差はない。
それでも目を奪うのはアークだ。
弟のデュークも十分に眩しい存在だが、それを上回るほどの輝きをアークは持っている。
持って生まれたカリスマ性だろうかと首を捻っていると、メリーが耳打ちしてきた。
「私達がまともだったら、うっかり惚れてしまうところね」
「うんうん。そうだね」
「何があったか知らないけれど、アークってば笑顔に影が射していて、妙な色気が付いたわね」
言われてみれば、学生時代の天真爛漫な微笑とは違い仄暗い輝きがある。
その所為だろうかと注意深く兄弟を見つめていると聞きなれない声が背後からかけられた。
「あらまー、獲物を物色中? 抜け目ないわね。おほほっ」
「肉食系だな、おい」
質問攻撃からなんとか逃げ出してきた偽令嬢の二人だった。
「おやおや、ダートリアとジェリエッタ」
「何だよ、そのセンスない仮名は」
「ううん? ダーとジェーの方が良かったかな?」
「余計酷くなってんじゃねーかよ」
姿同様声も女性のものとなってはいるが、令嬢とは思えない粗野な言葉使いでジェリドが突っ込みを入れていると、ダンス申し込みの令嬢の団体がアークに近付くのが見えた。
四人は慌ててアークへと駆け寄った。
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