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繭の中-41-*
降り注ぐ無数の短剣を撃ち落としていくが、数が数だけに全てとはいかず、撃ち漏らした何本かが鎧を貫きアークの身体へと突き刺さり、悲痛な呻きと共に鮮血が飛び散った。
「何で動くんだアンジュ。お兄ちゃんはただその野暮ったい鎧を壊したかっただけなのに」
アークは刺さった短剣を抜くと止血の為に治療術式を展開させる。
「駄目だよアンジュ。そんな応急処置。お兄ちゃんが治してあげるからこっちにおいで」
優しいげな笑みを浮かべたアレイスターは手を差し出すと、アークは無言のまま後ずさる。
「さぁ」
更に後ろへと下がると、正面に居たはずのアレイスターの姿が消えた。
刹那、重い衝撃に襲われアークの身体は床に叩き付けられた。
床と共に鎧は砕け散り、筋肉強化のみの武装を纏った身体はアレイスターの足によって床に縫い付けられていた。
「お兄ちゃんの言う事を聞かないと駄目じゃないか」
「ガハッ!」
血を吐き出すアークの胸を更に強い力で踏みつける。
軋む肋骨。アレイスターの足を退けようと必死に足首を掴むがびくともしない。
「ああ、可哀想にこんなに血を流して。直ぐにお兄ちゃんが治してあげるよ」
短剣の突き刺さった傷から流れる血を見ての言葉だが、表情と行動がかみ合っていない。
「治療が済んだら一緒にお茶にしよう」
力を加え続けられ悲鳴を上げながらゆっくりと折られる肋骨。
「あぁぁぁ!」
激痛から足を掴む手に握りつぶさんばかりの力が篭るが微笑み浮かべたアレイスターの表情はそのままだった。
痛みから流れる生理的な涙を見てアレイスターは「泣かないで」と感情のない声で囁くと、踏みつけていた胸から足を退け、青いドレスに広がる赤黒い沁みに眉根を寄せる。
「折角のドレスが台無しだね」
苦悶に表情を歪める妹《アーク》をそっと抱き起こす。
「お着替えしなきゃね」
アレイスターの腕に納まったアークは隠しもっていた甲殻鎧の短剣を敵の胸へと突き刺し第六位の電撃系術式を発動させた。
低位術式とはいえ、直接喰らえば基本属性が雷撃系でも僅かな時間行動不能となるはずだ。
だというのに、眼前のアレイスターに変化はない。ただ不遜にアークを見下ろしていた。
アークは身を反転させ逃れようとするが、それよりも早く頭を鷲掴まれ床に叩き付けられる。
「アンジュは何時からそんなに悪い子になってしまったんだい?」
床に沈められた頭を持ち上げられ、再び沈められる。
筋肉強化の術式のお陰で多少の衝撃は吸収されるが、それでも額は割れ血が飛び散る。
「お兄ちゃんは悲しいよ」
沈めていた顔を持ち上げるとアレイスターは額から鼻から口から血を流す可哀想な妹に尋ねる。
「反省出来たかな? アンジュが良い子にしてくれるならお兄ちゃんだって乱暴な真似なんてしないんだよ。お願いだからお兄ちゃんに酷い事をさせないでおくれ」
乞うような言葉だが声にあるのは支配者の絶対的命令だった。
「まずは治療をしようか」
頭を鷲掴んだまま立ち上がるアレイスターの腕に飛び付き脚を絡ませ、関節技を決めた。
引き倒そうとするが、アレイスターの身体は揺らぐ事はなく、それどころかアークが取り付いた右腕は振り上げられ、背中から床に叩き付けられた。
衝撃と痛みから獲物を捕らえていた関節技が緩み、その僅かな一瞬にアークは蹴り飛ばされた。
床に赤き軌跡を描くように転がり、壁にぶつかる事で止まった。
立ち上がらなくてはと身体を起こそうとするが視界が揺れ、床が傾いた。
己の無力さに歯噛みし、四つん這いの状態で情けなく血と唾液を零しながら傍らに落ちているディランの剣に手を伸ばす。
「ああ、酷いね。早くお着替えをしなきゃだね」
血塗れの手で手繰り寄せるが剣は重く持ち上がらない。
甲殻鎧の術式を展開させようにも受けた衝撃で脳が痺れ、上手く紡ぐ事が出来ない。
「アンジュ」
ゆっくりと距離を詰める目の前の怪物をどうすれば止める事が出来るのか分からない。
応援が来るまでの時間稼ぎが出来るとも思えない。
絶望的な現状でアークに出来る事は目を逸らさずに眼前の敵を見据える事だけだった。
何が起ころうと、何をされようと目を瞑《つむ》らずにいなくてはと。
「さあ、こっちへ来るんだ」
暗く冷たい命令を無視し睨みつけていると、黒い幕に視界を奪われた。
「やはり駄目だったんだね」
曇った声からの問いにアークは答えられず、突如現れた死神の背中をただ見詰めた。
「何処から入った」
妹との間に立ちはだかる不審者に怒りに表情を歪めた問うと、ディランは肩を竦めて見せた。
「君が入れてくれた」
「ふざけるな」
「ふざけてなんかいないよ。君がアークくんと共に引き摺り込んだ剣。あれと等価交換で位置の入れ替えをして入ったんだ」
アークは床に目を向けるがそこにあるはずの剣は消えていた。
「アークくんの血が一定量付着したら自動的に発動するように設定しておいたんだ。おいちゃんの術具作りの才能凄いだろ?」
狂気を孕んだ空気とは場違いな明るく軽い声に引き攣り強張っていた表情が緩む。
「アークくん。君の掲げる理想は優しく尊い。だからこそそれは叶わない」
理想への諦めと疲れが滲む言葉に胸騒ぎを覚え、表情を引き締める。
「誰もが夢見るそれを叶える為には犠牲を払わなくてはいけないが、今の君には出来ない」
「ディランさん」
「君は良くやった」
「待って……」
死神の外套を頭からかけられ、アークは転移の術式特有の浮遊感に襲われた。
「アンジュを何処へ転移させた」
「さぁ、何処かな?」
「返せ! 返せ返せ返せ返せ返せぇ!」
うそぶく死神へ無遠慮な高位術式が放たれる。
死神は鎌を一振りし術式を相殺させるが、余波は壁に貼り付けとなっている魔力供給者達を包む糸を皮膚を切り裂き血飛沫が舞う。
「おやおや。俺にとってはどうでもいい人間だが君にとっては大切な戦力だろう? もっと大切に扱った方がいいんじゃないか?」
「うるさい! 黙れ!」
「親切で言っているんだけどね」
高位術式がぶつかり合えば周囲に危険が及ぶが、アレイスターは躊躇なく雷撃系第一位の術式を紡ぐ。
「外道に身を落とした者同士、何でもありだね」
「アンジュ! アンジュは何処だぁ!!」
「そんなに心配なら探しに行けばいいよ。但し、俺を倒してからね」
幾人もの血を啜った鎌は更なる血を求め振るわれるが、獲物の首へと口付ける前に無粋な甲殻鎧の剣に押し留められた。
ディランは風撃の術式を紡ぎ相殺させる間に鎌を引き、再び振り下ろすが空を斬る。
背後から打ち込まれる甲殻鎧の剣を柄を使い受け止め払い、反動を使い鎌を振り下ろすと刃と刃がかち合い火花が散る。
狂気に取り込まれた怪物と凶器へと身を落とした死神との殺意がぶつかり、禍々しい化け物の腹の中で轟音と斬撃が鳴り響いた。
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