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繭の中-43-*

 自身が操る化け物の一部が貫いた者を見てアレイスターは息が止まった。  流れるような金糸。鮮やかな青いドレス。滴る血液。  十年前。目の前で無残に死んでいった妹の姿がそこにあった。 「あっ…あっ…、アンジュ……何で……」  絶望と悲しみに混乱した頭を抱え、血を吐き出すように叫ぶ。 「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」  過去と現在。  二度の妹の死に僅かに残っていた正気がガリガリ……バリバリ……と崩れて行く。  狂ったように頭を顔を胸を掻き毟り続ける憐れな男の悲しみを終わらせるべく、無慈悲な鎌は振り下ろされるが、混乱の中にあってもアレイスターは戦いを放棄しなかった。  湾曲した凶刃をかわすとそのまま死神の腕を斬り付ける。 「邪魔だ! 退け!」  血飛沫を上げ右手は鎌と共に弧を描いて床に無残に落ちた。 「アンジュを助けに行かないと……」  うわ言の事ように呟きながら先程までそこにあった妹の姿を探すが、僅かに目を離した間に消えていた。 「アンジュ。何処だ…何処に行った……」  化け物の視界を三百六十度にするが、何処にも姿は認められなかった。  だが、その代わりに先程までなかった白い柱が取り囲むように建てられ、幾つもの人影がそこにあった。  フード付きの赤い外套を纏った者が正面に三人。化け物を挟むように左右に一人ずつ。  五人全てフードを被っている所為で顔は見えないが、正面に立つ人物のフードから燃えるような赤毛が覗いて見え、謎の人物の正体が分かったアレイスターの頭から一瞬にして妹の存在が消えた。 「来たな。魔女」  喜びに顔を歪ませると、化け物に火炎系第一位の術式で攻撃するように命令を下す。  だが、術式は化け物の口内で燻り、発動されない。 「何故だ……」  正確な術式が書き込まれた魔道書に綻びなどあるはずもなく、訳が分からずに別の術式を展開するよう命令を下すが、それも発動されない。  次から次へと術式展開を命じていると、眼前の壁に直径三センチ程の銛が等間隔で縦に複数本打ち込まれた。  何が起きているのかと、外を見れば銛の先に付いた綱を左右に立つ赤い外套が引くとギチギチ……バキバキ……と聴覚を麻痺させる音を立てながら化け物の腹腔を力技で開いていく。 「馬鹿な……」  決して破られる事のない鉄壁の要塞である魔道書の化け物。入る事も出る事も術師者の許可がなくては行えない。死神はアレイスターが引き込んだ剣と等価交換で中に入った。ある意味術者の許可を得て入った。  だが、銛を打ち込み力技で開くなどありえない。あってはならないと開かれようとする壁を閉じるように術式を紡ぐが、壁は閉じるどころか開いて行く。  外界の光が差し込むと剣が差し込まれ、魔力提供者を捕らえていた糸を斬り裂いて赤い外套を纏った三人が入って来た。  真ん中に陣取る人物がフードを外すと中から猛々しい赤髪が現れ、長年呪い恨んでいた相手の姿を前に全てを忘れ、歓喜の笑いを響かせる。 「あはっ。あはははははは! 魔女! ついに来たな! あははははははははははははははははははは!」 「熱烈な招待状を貰ったからな。あの日のメンバーを掻き集めて来てやったぞ」 「遅いですよ」  止血を済ませたディランが愚痴ると後ろに控えた二人が答える。 「いい女を待つのは男の甲斐性だ」 「時間稼ぎ、ご苦労だったな。そこに転がっている腕を持って出て行け。後はこちらで処理する」  ディランは「それじゃあ」と軽く会釈し、床から腕と鎌を拾い上げると抉じ開けられた穴から出て行った。  ヴェロニカが手を上げると後ろの二人は壁へ下がり、対峙するのは一人となったが人並み外れた体格と風格から放たれる重圧は苦しい程だ。  アレイスターが気圧されずに済んだのは魔道書に侵食されていたからだろう。 「さて、カーテラスの生き残りよ。パーティーは終わりだ」 「何を言っているんだ。これから始まるんだろう?」 「いや、終わりだ。外の白い柱が見えるだろう? あれは術式を解析、分解し再構築するものだ。もう直ぐこの魔道書も無効化される」 「嘘を吐くな!」 「嘘じゃない。現に難攻不落の要塞である化け物の腹を女の細腕で抉じ開けられた。解術されている証拠だ」 「この魔道書は完璧だ!」 「この世に完璧な術式などありはしない。必ず無効化する術式が存在する。ようはその術式の存在を知っているかいないかだけの話だ」  ギチギチと奥歯を噛み締めアレイスターは唸る。 「例えそれが事実だとしても、お前を倒す時間はある」 「貴様が私を? 無理だろう」  悠然と微笑むヴェロニカに雷撃系第一位の術式を展開させるが発動するより早く無効化される。ならばと斬りかかるが甲殻鎧の剣は軽く払われた。  体勢を崩しながらアレイスターは二手三手と繰り出し襲い掛かる。 「何故だ! 何故、平和だった我が国を滅ぼした」 「王の首を刎《は》ねたのは私だが、国を滅ぼしたのは私じゃない」 「嘘を吐くな!」 「嘘なものか。何時の世も国を滅ぼすのは王の仕業だ」 「言うに事欠いて何を……!」 「一から全てを語って聞かせてもいいが、今の貴様に真実を告げても信じはしないだろう。既に嘘の世界に逃げ込んでいるからな」  剣を弾くと同時にアレイスターに回し蹴りを叩き込む。  衝撃で後方に吹き飛んだ身体は魔力提供者が貼り付けられた壁へと激突する寸前で強制的に方向転換をさせられた。床にめり込んだ顔を持ち上げ、拳で持って床へと叩きつけた者を見る。  赤い外套から覗く顔にアレイスターは目を疑った。 「どう言う事だ……」  問いには答えず外套の者はアレイスターを蹴飛ばしヴェロニカの方へと転がした。  魔道書の力が弱まっているのか超再生を失った身体は傷とダメージを残している。意識を蝕む痛みを持って立ち上がると甲殻鎧の術式を紡ぎ、剣を構えた。 「貴様は真実を知っている。だが、それを受け入れたくなくて忘れたのか?」 「僕は何も忘れてなどいない!」 「なら、手に入れた魔道書《ちから》を遣う口実欲しさに忘れたフリをしているだけか?」 「何を言っている?」  いぶかしむアレイスターを金色の目は静かに見詰めた。 「分からないならそれでいい」  ヴェロニカは青く光る剣を断罪の為にと振り上げ――。 「どうあっても貴様の死は覆らないからな」  そして、振り下ろした。

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