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17-3(最終話)
はっとして瞼を開けると、室内は真っ暗になっていた。慌てて立ち上がり、よたよたと足を進めて部屋の明かりを点ける。眩しさと眠気で瞼を擦っていると、玄関の鍵が開く音がした。
扉が開いて、すぐさま坂城の声が聞こえてくる。
「颯馬?」
「――先生」
颯馬は廊下を駆けていって坂城に飛びついた。身体に回された坂城の手がくしゃりと髪を撫で回す。
耳元へ唇を寄せた坂城が低く聞いてきた。
「寝てた?」
「……何でわかるの?」
「下から見たら部屋真っ暗だったよ。いないのかと思って焦ったじゃねぇかよ」
「いないわけないじゃん。ここ以外にいたい場所なんかないのに」
胸に顔をうずめて大きく息を吸うと、煙草の匂いと坂城の匂いがする。今朝坂城を見送ってから、ずっと恋しくて堪らなかった。ようやく坂城の匂いに包まれて、颯馬は安堵の息を吐く。
「おかえりなさい」
「ただいま。颯馬、腹減ってる?」
「あんまり」
「今日は何してた?」
「掃除して、本読んで、音楽聴いて……」
坂城に寄り添いながら廊下を戻り、リビングへ入る。それと同時に思い出した。
「あ、電話がきた」
「……誰から?」
「亮介」
意外な名前だったのか、坂城が眉を上げる。
「亮介って、あの?」
「そう。月末またみんなで学校に行こうって。マツがまた先生に連絡するって聞いたけど、もう電話来た?」
「いや、まだだけど……、めんどくせー……」
颯馬の髪を再び撫でてから坂城がソファへ歩みより、荷物を置いた。離れてしまった坂城を追いかけ、颯馬は背中にぴたりとくっつく。平日は一日中離れていなければならないのだ。ふたりで部屋にいるときは一秒も離れていたくない。
「とりあえず颯馬、おまえは――」
「わかってるよ」
すべてを言われる前に颯馬が頷くと、坂城が振り返って目を瞬かせた。坂城のシャツの袖を掴んで颯馬は首を振る。
「もう電話に出ないよ、先生」
「……いや、俺は……」
「大丈夫だよ、ちゃんとできる。俺がそうしたいんだ。ちゃんと、先生だけのものでいたい」
静かに強く言い切ると、坂城の手が颯馬の頬に触れた。
「……颯馬」
愛おしそうな眼差しで坂城が見つめてくれる。
胸の奥にじわりとした温かさを感じながら、颯馬は笑った。
「先生?」
「ん?」
「……今度こそ、先生を名前で呼んでもいい?」
「嫌だなんて言ったことないだろ。好きに呼んでいいよ」
くしゃくしゃと髪を撫で回され、うっとりと瞼を閉じてしまいそうになる。けれどどうにか堪え、颯馬は真っ直ぐ坂城を見上げる。
「――……和孝さん」
一言口にした途端、坂城がふっと視線を逸らした。思い出したかのようにポケットから煙草を取り出し、口に咥えて火を点ける。
長い溜め息のように煙を吐く坂城を見て、颯馬は思わず笑い出してしまった。
以前に颯馬が坂城の名を呼ぼうとした時、照れていたのは颯馬の方だった。けれど今は、わかりやすく坂城が照れている。
「やっぱり先生の方がいい?」
「……うるせぇな」
咳払いをした坂城が苦笑しながら顔を寄せてくる。唇が触れ合う前に、颯馬はふわりと瞼を閉じた。
坂城以外を何も感じないように、すべてを遮断するように。
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