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優雅に足音を立てて歩いて来る者に問う。「貴男がサタンか」
ミハさまの様に背が高く、筋肉で溢れた美しい躰、気品ある佇まい――俺は、サタンと云う人物に、無意識にそんな姿を描いていた。目の前の彼は、只一言、美しい。そう、美人なだけ。細く長い手足、嫋やかなボディライン。こう云っては失礼だが、女性と紛う風貌で、この国1番の強者には見えなかった。威厳を感じるとすれば、頭に乗せた冠だろうか。それも威厳と云うには小さい。
俺の印象を受け止める様に、彼の唇は優美な曲線を描く。
「いいえ」
喩えるなら、肺一杯に吸い込んだ息を、一気に吹いたラッパの音。そんな声量だった。
「私はルシファー様に仕える者、パイモンと申します」
「ルシファー?」
「サタンの名前だよ」火車の風圧で張り付いてしまったのかと思う程、ずっと笑っているアザゼルが隣で云う。
「忘れたのではなかったのか」
「今思い出した!」
あはは、と声を上げるアザゼルは、目の前で箸が転んだら、きっと大爆笑するに違いない。そんな些細な事でも笑える彼の人生は、さぞ楽しいのだろう。国を追放されてゲヘナに棄てられたよと、笑って話せない俺には羨ましく思えた。
「ベリアルがそのサタンに会いたいって」
「云ってない」
「ベリアル殿と仰るのですか。ルシファー様は宴の席にお出でになっております。宜しければご一緒にどうぞ」
人の言葉も聞かずに云って微笑む。パイモンが物腰柔らかに振る舞う程、大きな声が不釣り合いで、スピーカーに合わせて口を動かしているだけの、良く出来た絡繰に見える。
「宴だと?」
「満月の夜はねぇ、皆で集まって、ぱーっと、ヤるの」
何をやるのか訊く必要は無いだろう。何故なら俺は、そのような席に参加出来る格好ではなかった。
「誘って頂いて申し訳ないが」自身が着ている汚れた薄布に目を落とす。
「ご心配なさらず。参りましょう」
「いや、しかし」流石に罪人の服では失礼だ。
「だーいじょうぶっ。行こう、ベリアル」
無邪気な少年の、幼女の様な手が腕に絡み付き、不承不承付いて行く。
「なあ、アザゼル。本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だよっ!」
両開きの扉の前に立つパイモンが、それの取っ手を握り、ゆっくり引いていくと、彼の華奢な背中の先に見えた光景に、俺は呆気に取られて言葉を失った。
アザゼルが、又、あははと笑う。「どうせ脱いじゃうんだから」
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