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何だ、この異様な空間は……!
酒と食べ物が置かれたテーブルに椅子、ソファーとセッティングされた広い部屋に集まった男女らが、あられもない姿を晒し、異性、或いは同性同士で、はしたなく絡み合っている。その中へ、柔らかく優美な笑みを湛えて誘 うパイモンは、こんなものを、俺も見たくないが、アザゼルの様な子供に見せるなど、一体何を考えているのか。
「アザゼルは帰れ」
室内の様子が見えないよう正面に立って遮り、腕に絡み付く手を解くと、アザゼルの頬がぷぅと膨らんだ。
「ベリアルだけお楽しみなんて、ずるいっ」
「獣の戯れなど、するか。止めさせる」
「どうして?」
俺を見上げて訊ねる、きょとんとした表情 を、正気かと驚いて見返した。無垢にも程がある。この子は、悪が何故悪なのか解らない様に、この宴が、どれだけ破廉恥で不埒なものかを理解していないのだ。
「倫理から外れている。これは人として赦されない事だ」
アザゼルは、云っている事が解らないと云わんばかりに、口角を上げて首を傾げる。「ケツの穴の小せぇ男だなぁ」
天使の様な微笑みで汚い言葉を吐かれ、口をぽかんと開けて目を丸くした。その横を、さっと通り過ぎ、弾んだ声が呼ぶ。
「見て!」
両手を一杯に広げ、満面に笑みを咲かせた無垢な少年は、俺が振り向くと、くるりと背を向け、丸で花畑の中で舞う様に歩く。忽ち群がる男達と淫らな口付けを交わしながら、衣服を剥ぎ取られていき、代わりに男を纏って、テーブルの上で恍惚と笑っていた。そんな姿を見せられると、何が倫理で、何が人なのか、俺も解らなくなる。
「俺の尻の穴は小さいのだろうか」
パイモンを見遣る。変わらぬ優美な微笑を浮かべた儘、白い手袋に覆われた手の、平を上へ向け、五指の先で奥を指した。ルシファーなら答えてくれると云わんばかりの仕草だった。
一体どれだけ集まっているのか。酷い有様だ。男達女達が、卑猥な音でリズムを取りながら、おうおうと、丸でバラバラな合唱をし、パイモンの大きな声よりも耳を塞ぎたくなる。しかし、そこかしこで肉をぶつけ、粘膜を擦る見目に反して、体臭などの生臭さはなく、香でも炷いているのか、甘い香りが漂っていた。
確かに、こんな宴で格好の心配はいらないな。ボロボロで見窄らしい罪人が歩いていても、気にする者は居ない。ただ、自意識過剰ならそれで良いのだが、男の側を通り過ぎるとき、抱き合っていても行為の最中でも、何人かのセクシャルな視線は感じた。それもパイモンが居るお陰か、寄って来るには至らなかった。
パイモンの足が止まる。そこは、部屋全体が見渡せる、云わば特等席。他よりゴージャスな1人掛けソファーで、露出が酷いエナメル質のボンテージを着た金髪の背中美人を膝に乗せ、キスをしている男の前だった。
「ルシファー様」普通でその声量なのか。大広間でも隅迄余裕で響き渡る。「こちらの、ベリアル殿が、ルシファー様にお会いしたいと」
だから、アザゼルが勝手に云っただけで、俺は会いたいなど一言も云っていないが。そのアザゼルも、今は男達に埋もれて、獣に身を抛った仏の有り様だ。
恐れ多くも我らがルシファー様に会いたいとは、どこぞの身の程知らずだ。そんな視線が俺に集まる。そして、俺の自意識過剰であってほしい。
――誰だあの美人。
――ベリアル? 知らねぇな。
――あんな美人見た事がない。
――うおーっ、やりてぇ!
ざわつく声が聞こえた。
大事な所が全く隠れていないボンテージの金髪背中美人は、振り向いても美女だった。俺を見てまず目を丸くし、すっと細めて微笑する。それから綺麗な姿勢で長い脚を左右交互に動かすと、近くのテーブルで酒を飲んでいた、これは又美人な黒髪の、男らしい骨格をした女の顎を取り、舌を絡ませ合いはじめた。
「ベリアルと云ったか」
「あ、はい」
女に気を取られていたからか、一瞬、愛しさ込み上げる声に聞こえ、背筋を伸ばす。奪われた目を男へ向け、見開いた。自然に口がその名を呼ぶ。
「ミハ……さま……?」
綺麗な黒髪。吊り上がった凛々しい眉に切れ長の目、通った鼻筋、薄い唇、それらがバランス良く配置された端正な顔。間違いない。見間違う筈が無い。
ミハエルさまだ!
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