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第6話

さて、雄犬のお供を得た桃太郎は、町がありそうな方角を目指して旅を続けます。すぐにくたびれてしまうのは相変わらずでしたが、雄犬という歩く子種弁当を手に入れたので、食事の面では心配いりません。 この犬は元より性欲が強いようで、桃太郎が摩羅を吸わずとも、雌犬を見つける度に飛び掛かっていって腰を振ります。桃太郎が己の摩羅を軽く弄って神通力を高めつつ摩羅をしゃぶってやれば、どんどん足腰の力を増していき、道中で小鳥や鼠を捕まえて勝手に食べるようになりましたので、犬は更に健康的になっていきました。 大変な(ひな)でしたので歩けども歩けどもなかなか人に出会いませんでしたが、ある日のお天道様が真上にきた頃、ようやく道の先に人影が見えました。 とろとろと歩く桃太郎とは対照的に、軽快な足取りでどんどんとこちらに近づいてきます。ある程度近づくと、二人の男が駕籠(かご)を運んでいるのだと見て取れました。駕籠は空なのか軽々と左右に大きく揺れています。 歩いているというよりほとんど走っている状態の駕籠かき達は、(ふんどし)一枚の下半身は太ももの筋肉が盛り上がり、黒々とした脛毛(すねげ)はいかにも働き盛りの男といった様子です。 離れていても男臭いにおいが漂ってきそうで、桃太郎はうっとりしました。 「もし、その駕籠は空なのでしょうか」 目の前に通りがかった駕籠かき達に、桃太郎は細い指先を差し伸べて声をかけました。 「空じゃございや……」 足を緩めもせず言い捨てて去ろうとした駕籠かきでしたが、はらりと頭巾を取った桃太郎の美貌に目を留めると、たたらを踏んで立ち止まりました。 「足を怪我してしまい歩けぬのです。駕籠が空なら乗せてほしいのですが……」 弱々しい風情で頼られ、駕籠の前方を受け持つ男は途端に脂下(やにさ)がりました。しかし、次いで至極残念そうに渋面を作ります。 「乗せてやりたいなぁやまやまですが、本当に空じゃあねぇんです。この先の町で巡業の猿回しが腰を痛めて寝込んでおりやして、世話ができねぇからと、猿だけを郷里の息子の元へ運ぶところなんでごぜぇます」 爺婆に(あつら)えて貰った豪奢(ごうしゃ)な旅装束の桃太郎を、駕籠かきは舐め回すように眺めながら事情を口にしました。 死角になっていた駕籠の後方を受け持つ男も、なんだなんだと面倒そうに顔を出しました。すると桃太郎の顔を見て息を呑み、途端に両足を擦り付けるようにもじもじとさせ始めました。 どうやら、桃太郎のぼってりとした唇を見てたまらぬ心持ちになってしまった様子です。 「弥助兄(やすけあに)ぃ、こんなお綺麗な若様が困っていらっしゃるんでぇ。猿なんぞより若様をお助けするのが人の道ってもんじゃあねぇか」 言うなり後ろ側の男は駕籠を肩から下ろし、前方の弥助と呼ばれた男に駆け寄りました。 急に駕籠の均衡を崩された弥助は舌打ちしながら自分も駕籠を肩から下ろしましたが、何事かを耳打ちされて考え込み、そしておもむろに口を開きました。 「若様、あっしは弥助(やすけ)、こっちの痘痕顔(あばたがお)平次(へいじ)といいやして、しがない日銭稼ぎの雲助(くもすけ)(駕籠かきの人足(にんそく))でさぁ。あっしらはお足され頂けりゃ猿でも運びやすが、猿は人様より軽かろうと猿回しの野郎が足元を見やがりましてね。いつもの半値で手を打たされたもんでさぁ。もし若様がちっとばかりお足をはずんでくださるってんなら、猿は駕籠の屋根にでもくくりつけて、先に若様をお運びしますがねぇ」 桃太郎は知らないことでありましたが、にやにやしながら話す弥助と、弥助を兄貴分と慕う平次という男は、大変評判の悪い人足でした。乗せた客の金品を奪うことはしょっちゅうで、若い女人が客であったが日には、付き合いのある人買いに売り渡しさえしておりました。 そんな彼らは普段は人通りの多い町で客を待っておりますが、そこに住む者たちは皆その悪評を知っていて彼らの駕籠には決して乗りません。 しかし、町には旅のものや、猿回しのような巡業者が絶えずやってきますので、安いお代を提示する彼らの駕籠を使ってしまう者は後を絶ちませんでした。 村中皆が顔見知りという鄙で暮らしていた桃太郎は、そのような悪い者たちがいることなど思いつきもしません。 爺婆に多くの路銀を持たされ、よい身なりをした桃太郎は格好の獲物でしたが、当の桃太郎はいかにして二人の摩羅をしゃぶるかしか考えておりませんでした。二人を見比べ、どうやら兄貴分であるらしい弥助の方に、まずは的を絞ります。 「弥助さん、駕籠で運んでいただくことは諦めますが、あなた様のように頼りがいのありそうなお方にお会いできたのも何かのご縁。どうか旅慣れぬ私を哀れと思い、ほんの少しだけ私の傷めた足を診て下さいませんか。ほんの一時でよいのです。ここで袴を脱ぐわけには参りませんから、その駕籠の中で、少しだけ」 桃太郎は自分でも弥助を誘惑するつもりがありましたが、弥助の摩羅を吟味したいという欲望はその表情にも現れ、滴るような色気を余計に(かも)し出しておりました。 半開きの唇を見つめ、弥助と平次はごくりと唾を飲み込みます。 粗末な駕籠の中は、大人一人が足を折って座れるほどの広さしかありません。体の大きな弥助が一人入るので精一杯なのに、そこへ美しく身なりの良い若君が一緒に入り、中で袴を脱ごうというのです。密着し、あられもない格好になるに決まっておりました。 それに、駕籠の中で着物を奪って裸で縛り上げてしまえば、簡単には逃げられません。 何か助平なことをしてやるにしろ、後で人買いに売るにしろ、自分から一緒に駕籠に入りたいと言ってくる美しい若君の頼みを断る理由は、弥助にはとんとございませんでした。 「平次!猿を抱いて周りを見張ってろ!」 言い放って弥助が駕籠に被せた(むしろ)を力任せに上げたと同時に、中から首に紐をつけた猿が飛び出して来ました。 その猿を見た途端、桃太郎はにやりと笑いました。 ――勝った。 「お猿さんは男子(おのこ)なのですね。なんてかわいいんでしょう。平次さん、しばしそこでお待ちいただけますか」 駕籠かき二人と雄の猿、いずれも摩羅を持つ彼らは、桃太郎の敵ではありませんでした。

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