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伊織(1)

 ついさっき、雨があがって晴れ間を覗かせた空が、もう朱色に染まりながら暮れかかっていく。  情事の余韻でまだ身体の中は熱いのに、雨に濡れて湿り気を帯びた肌が今頃になって冷えてきて少し寒い……と、そう思った途端、 「……くしゅん」  僕は教授の肩先で、小さなくしゃみを零してしまった。  二人とも、何も身に着けていない状態で、暫く抱き合ったままだった。  言葉も交わす事もなく、畳の上でただじっと身動きもせずに……。 「このままでは風邪をひいてしまうね」  そう言いながら、教授は僕の髪をひと撫でしてから立ち上がり、長押(なげし)にかけてあった作務衣を羽織る。  それから押し入れの中から毛布を一枚取り出して、僕の身体を包み込むようにしてかけてくれた。 「風呂の準備をしてくるよ……湯に浸かって身体を温めた方がいいだろう」  そう言って部屋を出て行こうとする教授の作務衣の裾を、思わず掴んで引き留めてしまった。  だって、教授はさっきから、あまり僕と目を合わせてくれない。 「……岬くん……」  その名前で呼ばれるのは、今は少し辛い。 「……僕は大丈夫ですから……」 「駄目だよ」  引き留めた時にずり落ちてしまった毛布をもう一度僕の肩にかけながらしゃがみ込み、教授は漸く僕と目を合わせてくれる。  さっきまでの虚ろな眼差しは消えていて、しっかりと現実の僕を見つめてる。  だけど、僕の本音としては、もう少しだけ魔法にかかっていてほしかった。 「風呂からあがって少し落ち着いたら、今日はもう帰りなさい」 「嫌です」  教授の言葉に即座に返事をした僕に、彼は思わずといった風に苦笑を零した。 「だって、着ていた服がびしょ濡れだから……」  僕はちょっときまりが悪くて、そう言葉を付け足しながら、教授から目を逸らしてしまう。 「そうだったね……」  雨に濡れた服は、板張りの廊下に落としていったままだ。 「……じゃあ……君さえ良ければだけど……家にある服でサイズの合うものがあれば着て行ってもらっても構わないよ」 「え……それって……」  ――それはきっと潤さんの服。 「それとも、ちょっと遅くなるけど、今から洗濯して乾燥機にかけたら……」 「いえ……あの……服を貸してください……」  教授の言葉を最後まで待たずに、僕は思わずそう応えてしまっていた。

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