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伊織(2)

「そう……? じゃ、ちょっと待ってて」  そう言葉を残して部屋を出て行った教授の影が障子の向こうを通り過ぎ、階段を上って行く足音が耳に届いた。  この部屋に独り残されると、少し心細い。  初めてこの家に来たあの夜、同じようにこの部屋で教授が二階に上がって行く足音を、独り心細く聞いていたのを思い出して。  あの時は、教授は戻ってきてくれなかった……。  だけど、今日は違う……絶対に。  教授がかけてくれた毛布を胸の前でしっかりと合わせて、ぎゅっと目を瞑る。  ――早く戻ってきてくれますように……。  ただ服を取りに行ってくれているだけなのに。少し離れただけで不安が襲ってくる。  教授は後悔してしまうんじゃないかって。  潤さんの代わりに僕を抱いた事。  ――遠い昔、母さんの代わりに僕を抱いてしまった父さんがそうだったように。  僕はまた……死んだ人を忘れられない人に恋をした。  またあの時と、同じ間違いを繰り返してしまうのかもしれない。  だけど、あの時と違うのは……  ――僕が本当に教授を愛しているということ。  最初は、教授が潤さんを僕に重ねるように、僕もどことなく似ている父さんを教授に重ねて見ていたのかもしれない。  でもそれは、ただのキッカケにすぎない。  大学に入ってからずっと、すぐ傍で教授のことを見てきたから、確信している。  低音で、柔らかく響く声が好き。  周りの人に接する時の、穏やかな物腰が好き。  ふっと微笑みを向けてくれる時の、その甘い表情が好き。  それらは、父さんとは違う。教授だけに感じるものだった。  それと同時に、時々感じる、どこか憂いを含んだような漆黒の瞳や、影のある微笑み。  それは、亡くなった弟を想う時に見せる表情だったのだと、今日初めて知ったのだけれど……。  僕は、雨宮侑をこの上なく愛してる。  ずっとこのまま傍にいたい。  僕が、潤さんの代わりに教授の心を癒せるのなら……。僕は僕でなくなってもいい。  そう思うのは、間違いなんだろうか……。  ――――その時、二階から階段を下りてくる足音が聞こえてきた。

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