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伊織(43)*

 酷く後ろめたく、罪悪感に苛まれる。  ――お前が愛されているわけじゃない。  誰かに咎められた気がして……。  ――――ごめんなさい。  僕は潤さんのことを忘れたりしないし、教授に潤さんのことを忘れてほしくなんかない。  分かってる。  ――――いつもそうだった。  気が付けば、どこからか誰かの視線を感じて顔を上げれば、そこにはいつも教授がいた。  偶然と言うには、あまりにも多すぎて……。  そして必ずその瞳と一瞬目が合うのに、教授は何もなかったように直ぐに視線を逸らしてしまう。  だから勝手に期待をしてしまっていたけれど。  教授が見ていたのは僕じゃない。  そんなの分かってる。  教授はいつも、僕に潤さんの面影を求めていた。  潤さんが着るはずだった服。  潤さんが使うはずだった整理ダンス。  潤さんと暮らすはずだったこの家で、僕を抱く。  昨日は僕を抱きながら、何度も何度も“潤”と愛しい弟の名前を呼んでいた教授が、ぎこちなくとも“伊織”と、呼んでくれたことが嬉しかった。  だけど、きっと……  その呼び方に違和感がなくなった時、教授は気づくんじゃないだろうか。  ――僕は、潤さんとは違うということを。  どんなに見た目が似ていても、中身はまったく違うのだから。  性格も、きっと喋り方や声も、全部違う。  もしも教授が、それに気づいたその時に、それでも僕を愛してくれたなら……どんなに幸せだろう。  だけど、それとは逆の結末もあるかもしれない。  教授が僕を傍に置いてくれるのは、僕が潤さんに似ているから。  それだけが教授と僕を繋ぐ、ただひとつの理由。  でも、似ているけど違う僕のことを、それでも教授は必要としてくれるだろうか。教授の中の僕が、完全に僕に戻ってしまったら、僕はもうここには居られなくなるんじゃないだろうか。 「あ……ッ、……んッ……は……ぁッ」  一層激しく揺さぶられ、互いの身体の間で僕の屹立が挟まれて、擦られて、水位が上がっていく。  ――兄さんの心まで、僕から奪わないで……。  教授の肩の向こうから、ガニュメーデースの哀しい瞳が訴えてくる。  ――――分かってる。  教授には、潤さんのことを忘れてほしくない。愛した人のことを無かったことにするなんて、哀しすぎるから。  僕はただ、教授に愛されるただひとりの人になりたい。  それがたとえ、雨宮潤の身代わりだとしても。愛されて、必要とされるのなら、それでもいいと思っている。  抽挿のリズムに合わせて零れる僕の声と、教授の荒い息遣いも、激しさを増していく。 「……兄さん……っ、あ…………っ……ッン」  ガニュメーデースの視線を感じながら、“先生”と、言いたい気持ちを抑えて言葉を零した直後、瞼の裏に閃光が走り、下腹がピクピクと震え、僕は身体を強張らせた。  体内を巡っていた熱が迸り、教授と僕の肌を濡らしてしまう。 「…………ッく」  少し遅れて、教授の小さく呻くような声が聞こえて、僕の中で躍動する熱が弾け、最奥に広がっていく。  背中を抱きしめてくれる優しい腕に身を委ねながら、視界の先にAquariusの美しい青が光っているのが見えた。  その光を感じながら、目の前が霧に包まれていく。  ――――潤さん、ごめんなさい。今度からはもっと上手く貴方を演じてみせるから。泣かないで。  薄らいでいく意識の向こうで、教授の声が聞こえた気がしていた。 ――『……俺は、君を愛しているんだよ。伊織』  伊織……と、ぎこちない感じのその呼び方が、なんとなく擽ったくて、嬉しい。  僕も……先生を愛してる。  これは夢。僕が叶えたい、たったひとつの夢なんだ……と心の中で呟いた。  とてもあたたかくて、ふわふわしてて、幸せな夢。  この幸せがいつまでも続けばいいのにと願いながら、意識は深い眠りへと落ちていった。  Aquarius:2――伊織―― END / + to be continued → →『かりそめ』  2021.09.15  

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