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1.Aquarius(1)
じめじめと、湿気が身体に纏わり付く。
冷房の効いている筈の構内に居ても、この季節に入ったのだと知らせるような空気を感じる。
――鬱陶しい程に。
学食に行く途中、後ろから同じ絵画コースの友人に呼ばれて足を止めた。
「なあ、卒展のテーマと趣旨の提出類、もう書けた?」
「え? うん、とっくに出来てるよ」
来週には、第一回プレゼンがあるこの時期に出来ていない筈が無い。
「じゃあ今夜、合コンあるんだけど行かないか? 人数が一人足りないんだ」
「合コン? そういうの、僕はいいよ」
「なんで? 可愛い子が揃ってるんだぞ」
幹事になっているらしい彼は、急に欠席になったメンバーの穴埋めをしなくてはいけなくて、しきりに可愛い子がいるぞって強調するんだけど、僕はそういうの本当に興味がないんだ。それに今日はどうしても約束できない理由がある。
「うーん、今日はたぶんダメ」
「何か予定でもあるのかよ」
「うん。予定が入る予定」
そう、今日はチャンスかもしれないんだ。
*
「岬 くん」
学食で遅い昼食を済ませ、食器を返却口に返しているところに、心待ちにしていた声に後ろから呼ばれた。
口元が緩みそうになるのを辛うじて堪えて、平静を装い振り返る。
「雨宮先生」
声の主は期待していた通り、雨宮 侑 教授だった。
ゆっくりとした足取りで近付いてくる教授の少し伸びた前髪がふわりとなびいて、黒い瞳が真っ直ぐに僕を捕らえた。
「卒展の提出類が、君だけまだのようだけど」
「はい、すみません、あともう少しなんです。今日中に提出しますので」
「いつも課題の期限をきっちりと守っている岬くんが遅れるのは珍しいね。 じゃあ出来たら持ってきてくれるかい?」
「はい。遅くならないように頑張ります」
*
あともう少しで出来る……なんて嘘。
もう随分前に出来上がっていた卒展のレジュメを机の上に置いて眺めていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。 時計を見ると、もう七時になろうとしている。
ちょっと時間を潰し過ぎたな、先生はまだ居るだろうか。いや、居る筈だ。 真面目な人だから僕が提出しに来るのをきっと待っている。
書類を纏めて提出用のファイルに入れて、雨宮教授の部屋へ向かう。
ひと気のない廊下に僕の歩く靴音だけが響いていた。
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