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第61話 マナちゃん
ぐったりとした体を斗織に預けて、気怠い幸せを感じてた。
髪を撫でる優しい掌、心地良く掛かる吐息。
目を瞑って身を寄せてると、世界にふたりきり、みたいな不思議な気分になる。
瞼を開けて、隣の顔を見つめる。
斗織は目を閉じて、寝息に近い穏やかな息を吐いていた。
俺は嬉しくなって───自然と笑みが零れた。
校舎から昼休み終了の予鈴が聞こえて、ふたり身を起こす。
お弁当と、斗織の元ホットの冷め切ったコーヒーを持って屋上を後にした。
階段を下っていると、開きっ放しの窓から冷気が廊下に吹き込んで、火照った身体を心地良く冷ましてくれる。
本鈴まで僅かだというのに、斗織は教室のある3階を通り越して最下の1階まで一気に下った。
そして、チャイムと同時のタイミングで、保健室の扉を開く。
「マナちゃん、病人連れてきた」
「オイ、マナちゃんってやめろって……お、ホントだ。君、熱ある? 顔赤い」
白衣を来た保健の先生は、俺よりちょっと背の低い、若い男の先生だった。
童顔で目が大きい。可愛い感じの人だ。
「あっ、触んな。コイツ俺のオンナだから」
俺の首元に手が伸ばされると、斗織は慌てたように俺の腕を引っ張った。
よろけた体は、すかさず抱きとめられる。
「いや、いいけどさー……」
マナちゃん先生は呆れたように溜息をつくと、俺に丸椅子に座るようにと指示した。
……うん、だからさ、どうして斗織がイスに座っちゃうんだよ。
「遼」
ポンポンって太腿 を叩いて。
いいけどさぁ。座るけどさぁ……。
「「はぁぁ……」」
俺とマナちゃん先生の溜息が重なった。
「どんな感じ? 具合。気持ち悪い?」
「え、と…」
具合は悪くないんだけどなぁ。
気怠いけど、その原因はわかってるし……。
「目が赤いな。……泣いた?」
「俺と揉めて泣いて、昼飯抜いてるから午後、倒れる予定」
「お前の所為かよ!」
斗織、正直すぎる……。
「んで、俺も抜いてるから、ここで食ってっていい? んじゃないと、俺も倒れる」
「お前は一辺倒れたらいい」
そんなこと保健室の先生が言ってもいいのかなぁ……
ははは、と力無く笑っていると、マナちゃん先生によしよしと頭を撫でられた。
「君も大変だね」
「え?」
「いや、斗織 に振り回されてさぁ」
「あ、ううん、そんなことないです。今回は、俺の方が振り回しちゃったかも…」
首を振って訂正すると、「今回も、だ」と更に訂正を加えられた。
「えっ、そーなの? とうとうお前、ツケが回ってきた?」
「それが可愛い生徒に掛ける言葉か」
「だって、ねぇ? 君も聞いてるでしょ、斗織の悪名」
“斗織”…だって。
一生徒でしかないハズの斗織を下の名前で呼ぶなんて……
先生、斗織と特別な仲だったりするのかな…?
もしかして、元カ───
「遼、妙なこと考えてないだろうな」
背後から伸びてきた手にほっぺたを抓られた。
「いひゃい…」
斗織、勘が良すぎる。
「マナちゃんは兄貴達の友達なんだよ。下の兄貴の同級生。こう見えてもこの人、27歳だからな」
「27歳独身でーす。って、こう見えてもは余計だっつーの」
マナちゃん先生は唇をツンと尖らせ、怒ったフリしてそっぽを向いた。
「君は、初めてだったよね。なに君?」
紅茶飲む? とスティック紅茶の箱を振りながら訊かれる。
もう笑顔だし。笑うと更に若見えして、先生 可愛い。
「あ、頂きます。紫藤遼司です」
「うん、リョーくんね。ミルクとレモンとストレート、アップルもあるけどどれがいい? それからクラスも教えてね。2年何組?」
「えっと、…ミルクでお願いします。クラスは2年C組です」
「了解。斗織はコーヒー?」
「ん。サンキュー」
「はい、どうぞ」
ありがとうございます、とマグカップを受け取った。
続けてマナちゃん先生は、斗織にもコーヒーを淹れたマグを渡す。
何も訊かなくてもブラックってわかるんだ。
斗織、時々ここに遊びに来てるのかも。
「リョーくんはさ、斗織とは長いの?」
自分用のミルクティーをこくんと飲んで、マナちゃん先生が首を傾げた。
付き合いが……ってことかな?
「一昨日しゃべったのが、多分初めてだったと思います」
正直に答えると、ちょっと不思議そうな顔をされた。
「えぇと……つい最近までカノジョいたよな、お前? 斗織がリョーくんに惚れて、女と別れて付き合ったパターン?」
「いや、別れ話に首突っ込んで来たの、こいつが」
斗織がすかさず訂正したせいで、まるで俺が近所のお節介おばさんみたいな立ち位置になっちゃった。
「だって、斗織が女の子にヒドい言い方するから……。聞いてて可哀想だったんだもん。だからその子に、その男、君と別れたら俺と付き合うことになってるからって嘘言ったんです」
「あー……、こいつなぁ? リョーくんもその内、好きになれなかった、とか言って傷つけられちゃうんじゃないの」
気を付けなよー、と悪戯っぽく言うマナちゃん先生に、斗織が超低音で「しねーよ」って凄んでる。
しねーよ、か……。
3月まで飽きずに一緒にいてくれるかな? 斗織………
「斗織、お前も2−Cだったよな」
「おー」
まだ熱々のコーヒーを啜りながら斗織が頷くと、マナちゃん先生はちょっと君らの教室行ってくる、と保健室を出て行った。
そう言えば、授業中に何度か保健室の先生が教室に来たことがあったなぁ、と思い出す。
あれって、誰かが保健室に来てます、ってお知らせだったんだ。
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