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タカ-1
「今日もありがとう。はい、これ」
俺はそう言いながら、財布から紙幣を5枚取り出してアキに差し出した。アキは少し困ったような顔で「いらないって言ってるのに…」と言うが、俺は聞こえないふりで彼の手に握らせる。アキが渋々それを自分の財布にしまったのを確認し、俺は心の中で安堵の溜息をついた。
「また来週もいい?」
「もちろん!」
アキは俺の言葉にふわりと微笑む。その表情がとても可愛くて、また彼を抱きしめた。シャワーを浴びたばかりで少し湿っている髪と、仄かなシャンプーの香りが鼻をくすぐる。名残惜しくもホテルから出て、車で駅まで彼を乗せて行き、そこでお別れというのがいつものパターンだ。助手席から下りる寸前に軽くキスを交わし「またね」と手を振って見送った。
毎週土曜日、俺、佐藤高成はアキと共に過ごしている。昼前に待ち合わせして一緒にランチをし、あとは夕方までホテルで過ごすということが多い。俺達は恋人ではない、所謂セフレのようなものだ。というより、金銭で繋がっている関係だ。
今年43歳になる俺は22歳のアキを抱くことへの罪悪感から、お小遣いと称して一日5万円を彼に渡している。彼も、口ではいらないと言いながらも受け取ってくれているので、この関係に満足しているのだろう。
アキのことは、年齢と連絡先以外ほとんど何も知らない。行きつけのバーで飲んでいるところを声をかけられ、ノリでホテルに行ってしまったのが始まりだ。男を相手にするのはその時が初めてだったのだが、俺はすっかり虜になってしまった。中性的でしなやかな肢体に、どこか日本人離れした美しい顔立ち。それがベッドの上で乱れる姿は、理性が保てなくなりそうな程に扇情的だった。けれどやはり、こんなオジサン相手に申し訳ないという気持ちが先立ち、ならばお金で解決してしまおうという浅はかな考えが出てしまった。「そんなつもりじゃなかった」とアキは言ったが、俺の気が収まらなかったんだ。それにもしかしたら、こういう関係ならばまた相手をしてくれるのではないかという下心もあった。
その考えは当たり、ダメ元で聞いたアドレスに誘いをかけてみると、すぐにOKの返事が来たんだ。そういう訳で、こんな人には言えない関係がかれこれ1年程続いている。
***
「タカさん、どうしたの?今日はあんまり元気ないみたい」
「そう?はは、アキには何でもお見通しかな」
ホテルのベッドで裸で抱き合いながら事後の余韻に浸っていると、アキがそう切り出した。実を言うと今、職場の部下のことで少し悩んでいるのだ。
「ごめんね、ちょっと仕事のことでね。でもアキの顔見たら元気出るから、もっと顔見せてよ」
俺はからかうようにそう言うと、アキの頬を撫でて唇を合わせた。柔らかな舌を絡ませながら軽く吸うと、甘い声が上がる。唇を離すと、宝石のように美しい琥珀色の瞳が情欲に揺らめいていた。
「タカさん…。ふふ、こっちも元気になってきたね…。もう一回…シよ?」
いつの間にか形と熱を取り戻していたペニスに、アキが腰を擦りつけてきた。俺はくすりと笑い、再び彼の体を抱きしめた。
「ね、僕で良かったら悩みでも聞くよ」
着替えながらアキが切り出す。けれど俺は首を横に振った。
「気持ちはありがたいけど、ただの愚痴だから面白くないよ。アキも社会人になったら、色々大変なことが増えるから覚悟しときな」
そう言うと、アキがくすくすと笑う。
「エリートのタカさんでも愚痴なんてあるんだね」
「当たり前だろう。あー、実はさ、少し前から新しい部下が増えたんだけど、その子がなかなか扱いにくくて…」
そう切り出すと、アキが少し首を傾げてソファーの隣に腰かける。どうやら聞いてくれるようだ。
「とにかく、すっごい暗い子なの。眼鏡で、長い前髪を垂らしてずっと下向いてるから、全然表情が見えないんだ」
「そうなんだ。きっと恥ずかしがり屋なんだね」
「まぁ、それだけなら別にいいんだけどさ。ちょっとケアレスミスが多いんだよね。システムエラーがちょくちょく起きて、地味に困るっていうか…」
「そっか。まだ仕事に慣れなくて緊張してるのかも」
「というより、俺のことが怖いんだと思う。こんな顔だし、だいたい初対面の人には怯えられるんだけど、もう一カ月も経つのになぁ…」
「そう?反対に、タカさんがカッコよすぎて集中できないだけかもよ」
アキはそう言いながら、慰める様に俺の頭をぽんぽんと撫でた。
「そんなこと言うのはアキだけだよ。ほんとお前、変わった趣味してるよな」
「はは、僕、タカさんの顔も体も大好き。綺麗に鍛えられた腹筋や胸筋も惚れ惚れするし」
そう言いながら、擦り寄るように俺の胸を撫でた。言外に体以外は興味ないと言われたようなものだが、気づかないふりをする。俺はその手を取り、軽く口づけた。
「あーあ、アキがうちの会社に来てくれたらなぁ。今四年生だよね?就活してる?もしよければうちに来てよ」
冗談半分本気半分でそう言うと、アキが眉を顰めた。そしてやんわりと体を引く。
「それは困るなぁ。もし同じ職場になったら、僕はきっと何もできなくなるから」
「え、そうなの?」
「だって、僕はタカさんのこと大好きだもん。側にタカさんがいたら、あなたのことで頭がいっぱいで、仕事なんて手に付かなくなっちゃうよ」
「はは、なんだそりゃ」
俺は豪快に笑い飛ばした。まさかそんな理由で断られるとは思わなかった。そもそも職種も業種も言っていないというのに。それに俺も、アキが大学で何を学んでいるのかなんて全く知らない。
それでも俺は、この子を手元に欲しいと思ってしまった。週に1度ではなく毎日職場で顔を合わせられたら、きっと仕事が楽しくなると感じた。
本当は恋人として側にいたいのだけれど、仕事仲間としてでさえ断られたらもう、そんな願いはとても口に出せない。これ以上踏み込んでくるなと、釘を刺されたような気がした。
彼は高級な飼い猫のようだと思う。週に一度、戯れに外に出ては俺と遊ぶ。家に戻れば、素敵なご主人様がいるのかもしれない。機嫌を損ねれば、きっと簡単に姿を消してしまうだろう。
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