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タカ-2

 職場の自分のデスクで、俺はパソコンを見ながら溜息を付いた。視界の端で、田村がグループリーダーの上野に怒られているのが見える。しばらくして田村が、上野に促される形で俺のデスクへとやってきた。 「佐藤部長、大変申し訳ありません。先ほど添付した資料にミスがありました」 「ああ、俺もすぐに気づいた。悪いと思っているなら早く直しなさい」  何度目か分からないミスに、俺の口調もついきつくなってしまう。田村はそれでも顔を上げずに、もう一度小さな声で謝ると足早に自分の席へと帰ってしまった。  田村は、この部署が新プロジェクトで人手不足になった助っ人として、1カ月ほど前から他の部署から移動でやってきている。しかしながら助っ人の割には全然仕事ができず、逆に余計な仕事が増えて頭を抱えているところだ。 「おー、佐藤。最近どう?プロジェクト上手くいってる?」  食堂で昼食を取っていると、隣に同期の浅野が座った。面倒だなあと思いつつも、そういえば浅野は、田村の前の部署の上司だったことを思い出す。 「あぁ、そこそこね。そっちから大きなお荷物が届いて苦労してるよ」  精一杯の嫌味を言うと、浅野はきょとんと目を丸くした。 「荷物なんてあったっけ?」  その言葉に、俺は咳払いをしてから小声で「田村のことだよ」と言った。するとますます浅野の顔にハテナマークが浮かぶ。いまいち話が噛み合っていないようで俺も首を傾げた。そして、食事をしながら話をする内にその理由が分かった。  田村は今と前とで全く仕事ぶりが違うようだ。前はかなり優秀で、与えられた仕事以上のことをして、しかもほとんど完璧にこなしていたらしい。前の仕事がすっかりカタがついたタイミングで丁度うちの部署の助っ人が必要になり、彼が抜擢されたんだそうだ。さらに、今みたいにおどおどする様子はなく、よくできた好青年だと言う。  浅野は「田村はやればできる奴だから、お前もしっかり見てやれよ」と言い残して去っていった。取り残された俺の胸に、靄が広がっていく。  数日後の金曜日、俺は再びパソコンの前で頭を悩ませていた。また田村がミスをしている。しかも今回は結構大きなものだ。これはいい加減、対策を考えなければならない。  しばらくして田村が俺のデスクにやってきて、いつもの如く小さな声で謝罪をした。 「ちょっと付いてきて」と言うとただならない雰囲気を察したのか、田村が一瞬俺の顔を見てびくりと身を震わせた。そして再び頭を下げると、黙って俺の後を付いてくる。  誰もいない会議室で向かい合わせに座るが、彼はこの期に及んで俺の顔を見ることなく、おろおろと視線を彷徨わせていた。 「田村は、俺のことが怖いか?」 「いえ、そんなことはありません」  その素早い返事に俺は内心虚を突かれた。俺は昔から強面だという自覚があり、昔から何かと苦労してきた。子供を助けようとすれば通報されるし、ヤクザに間違われたことだってある。怯えているのではないのなら、どうしてこんなに挙動不審なのだろう。 「この間浅野と少し話をしてな。お前が、浅野のところだとよく出来た部下だと言っていたんだ。それが俺のとこに来た途端に変わったみたいで不思議なんだよ」  そう言うと、田村はちらと俺の顔を覗う様に視線を向けるが、すぐに逸らされる。 「仕事内容はそれほど難しくはないだろ。何か集中できない理由でもあるのか?もしかして、いじめとか…?」 「違います。僕は…あなたが……」  そう言って田村は口を噤む。一体何なんだ、単純に仕事内容が嫌いなのか俺のことが嫌いなのか。どう対応するべきか悩んでいると、田村が顔を上げた。そして、意を決した様子で眼鏡を外して長い前髪を片手で掻き上げる。田村の眼が、まっすぐに俺を射抜いた。その眼光に、心臓が脈打った。 「ずっと、騙していてごめんなさい…。あなたに嘘がバレてしまうのが怖くて…、仕事も集中できなくて…」  未だに俺は、目の前の彼が何を言っているのか理解することを拒んでいた。バクバクと心音が激しくなる。だって、そんな。まさか。 「タカさん…。本当にすみませんでした」 「アキ……?」    俺を見つめるその瞳は、吸い込まれそうな程に美しい琥珀色をしていた。それは、俺の大好きな色だった。

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