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第1話

 縄のれんをくぐり、ちゃんこ屋「桜茶屋」に長身の男が入ってきた。 「いらっしゃいませー! お一人様ですか…あっ!」  若い女性店員は、茶系のカジュアルなスエードスーツにポロシャツ、髪をアイパーで整えた客を見て驚く。サングラスをしているが、時々テレビで見る顔、俳優の鷹野賢(たかのまさる)だった。  筋肉質でイケメンで、脇役ばかりだがクールな役どころが多いベテラン俳優だ。 「賢…、賢なのかっ?!」  店長の男が、下駄をカラコロと鳴らして近づいてくる。エプロン姿でスポーツ刈りの頭には鉢巻、両手にはきれいに盛られた魚の切り身と山盛りの野菜、二つの竹ザルを持っている。 「久しぶりだな、(ふとし)」 「よく来たな~! 何年ぶりになる? ま、とにかくゆっくりしてってくれ。酒を奢るからな」  客席に注文の品を運んだ店主の桜田太(さくらだふとし)は、賢が座った二人掛けのテーブル席の向かい側に座る。  先ほどの女性店員が、まだ驚きがおさまらないまま、太に聞く。 「店長…、鷹野さんとお知り合いなんですか?」 「ああ、だってこいつ俺と同期入門で、同じ大隅(おおすみ)部屋だったから」 「えええ~っ! 鷹野さんって力士だったんですかぁ?!」  目を丸くして口を押さえる店員に、賢は営業スマイルを見せる。  また、この反応だ。賢は今年四十八歳、角界を引退してから二十三年がたつ。若い世代は現役時代をほとんど知らず、バラエティー番組でも取り上げられるが、全員、判で押したような反応だ。  賢は学生相撲のチャンピオンで、卒業後に弟子入りし、『鷹羽島(たかはじま)』の四股名で、幕下付け出しで初土俵を踏んだ。おまけにイケメンで筋肉質、女性ファンもいた。  わずか四場所で関取昇進、その後も四場所で幕内入りを果たしたが、その場所に取り組みで腰に大怪我をし、翌場所には休場。復帰してからも怪我の影響で負け越しと休場が続き、六場所で幕下陥落したときに医師からドクターストップがかかった。 “これ以上相撲を続けると、腰に負担がかかり、相撲どころか歩けなくなる”  わずか二年半、二十五歳で引退。関取を十二場所しか務めておらず年寄になる資格も無いため、角界から完全に退いた。  ほとんどスキンヘッドのような短さで角界入りした上にスピード出世の鷹羽島は、大銀杏が結えるほど髪が伸びてはおらず、“大銀杏を結えなかった関取”として、不名誉な伝説となっていた。

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