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第2話

 一方、太も大学卒業後、新弟子検査に合格した。身長が170センチの小兵力士『桜海(さくらうみ)』として、序ノ口から地道に努力をしてきた。だが、名前に反してあまり太らない体質で、筋肉はついたが力士としては体重があまり増えず、四十二歳で引退するまでに最高位は幕下十枚目と、鷹羽島にはほど遠いものだった。  短命な花形力士と、長命な下っ端力士、正反対な二人だが仲がよかった。厳しい稽古にも師匠の叱責にも耐えて、短い間だったがお互いを励ましてきた。  鶏肉ベースの塩味のだしが入った、小さな土鍋が賢の前に置かれた。白菜と人参が入っている。薬味はポン酢、白と黒の胡麻、一味、もみじおろし。 「温まったら椎茸、沸騰したら鶏肉を入れてくださいね。たらとえびは、煮え過ぎないよう、お気をつけください」  女性店員に説明をされたが、具材を入れる順番は知っている。いつも、太が中心になって作っていた。弟子の人数が多く、ちゃんこ番は当番制だが、太が担当する鍋は特においしかった。弟弟子がおいしく作るコツを教えてほしいと頼むので、太はしょっちゅう台所に立っていた。 「久しぶりに顔合わせたんだ。ゆっくり飲んでけ」  太はドンッと焼き物の大きな徳利をテーブルに置いた。 「俺の奢りだ、飲め」 「これ…吉四六じゃないか」  レアものの焼酎を目にして、賢はサングラスを外して目をしばたたかせる。 「ああ、角界のお偉いさんにしか出さない、とっておきだぞ」  グラスも二つ、テーブルに置かれた。低めの広口グラスには、ロックアイスが入っている。二つのグラスに焼酎を注ぐと、二人は“乾杯”とグラスを合わせた。 「あーっ、桜海さん、またお酒飲んでる~」  と、四人組の客から明るい声が上がった。ほかの座敷やテーブルからも、笑い声が上がる。 「いいだろ、今日は同期の仲間が来てんだ」  小さい店だが、アットホームなムードだ。太の前にいるのが俳優だと知っても、彼らはサインを求めて来ない上に、携帯カメラも向けてこない。元力士の経営する店だけあって、現役の関取や親方、有名な解説者なども食べに来る。彼らのプライベートを邪魔しない、というのが常連客の暗黙のルールだ。  居心地の良さを感じながら、賢はあっという間にグラスを空にした。 「賢は相変わらず酒強いな~」 「いや、昔ほどじゃない。血圧も血糖値も高めだし」 「俺も血圧に、コレステロール値がな。五十も近くなると、こんなもんか」  太は賢のグラスに、徳利から焼酎を注ぐ。 「太こそ、今でも酒が強そうだな。そういや、二人で飲み比べをしたっけ」  懐かしい思い出に、二人は目尻にシワを寄せて笑顔になる。 「ああ、吐くまで飲んでブッ倒れて、師匠にめちゃくちゃ怒られたよな」  鍋が煮えるまでの間、うまい焼酎の肴は思い出話だ。

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