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第13話

 ずっと塞がれていた唇が空気を求めて震え、同時に快楽の吐息と甘い喘ぎを吐く。  熱い唾液の尾を引く舌が頬を滑り、左目の下にあるホクロに優しく触れてくる。顎を甘く噛まれ、首筋に愛撫を受けたらその時は近い。首に巻いた革製のネックレスに志貴が口付けしたら最高に淫らな時間が始まる。 「志貴、はやくっ!」  秘所は既に蕩けている。  口付けを交わしながら全身を撫で回され、長い指で秘所を解かれ、絶頂に達しない絶妙なタイミングで楔を扱かれ続けた体は情欲の炎に包まれた獣同然だ。  自ら股を開き、腰を持ちあげて貫かれることを待ち望む。淫らに求め、喉を喘がせると志貴は決まって口角を吊り上げる笑みを作った。そして猛々しくそそり立った楔を荒々しく突き入れてくる。あの長い手足に拘束され、組み伏せられて犯されるのは堪らなく快感だった。 「アァ! アァァァァッ!」  シーツを握り締め、大きく股を開いた姿勢で腰を激しく揺らし、はしたなく悦楽を求め喘ぐ。  のしかかってくる相手の重みすら快楽として感じながら柴は情事に溺れた。  仕事で疲労困憊した体に抵抗力も理性も残っている訳が無い。  これまでにないほど淫らに悶え、喘ぎ、欲の証を何度も迸らせた柴は情事の途中で気を失った。  そうだ、と気付いたのは深い眠りから覚めた早朝になってからだった。 「……志貴?」  目を覚まし、頭を撫でられていることに気付いた柴は僅かに顔を上げた。時計は午前五時を示していた。 「おはよう。もっと寝ているかと思ったが意外に早く起きたな」 「誰かさんが俺の頭をガキ慰めるみてぇに撫でるからだ」 「大人の慰め方で昨晩は労をねぎらったつもりだが足りなかったか? ご希望とあらば続きを……頬を紅く染めて熱い息を吐きながら『もっと、もっと! 強く擦って! 奥までヤって』と求め悶える姿はなかなか見物だったぞ。それに最後はうつ伏せで獣の態勢を……」 「こと細かく解説しなくていい! あ! さ、触るなよ!」 「正常な男の子の朝の生理的反応だな。ヌいてやるぞ。ほら、遠慮するな」 「し、志貴! 誰が男の子だ! って、アァッ!」  ゴソゴソと布団の中に潜った志貴に硬くなっている楔を舐められ、背筋にゾクゾクと快感が走った。快感のポイントを押さえた志貴の舌使いの前に、柴の理性は脆く崩れ去った。 「アッ! し、志貴っ!」 「いい匂いがする。可愛いな、蛍太」  名前を呼ばれると弱い。暫く耐えようと歯を食いしばっていたものの、強く弱くすすり上げられ柴はいとも簡単に絶頂へ押し上げられた。 「ヒッ、アッ! アァァッ!」  勝ち誇ったような笑みの志貴が布団の中から出て来た。  余裕の笑みに妙に腹が立つ。 一糸纏わぬ姿の志貴に仕返しをするかのように、柴は布団を剥ぎ取ってその腹の上に馬乗りになった。手と口でイかせてやろうと思ったのだ。いつまでポーカーフェイスで居られるのか試し、快感に崩れる表情を見てやりたい。 「お座りはできるんだな、柴ワンコ」 「うるさい!」 「お手、は?」 「誰がするか!」 「なら、伏せ。そして舐めろ」 「え?」 「できないのか?」  流石は年上だ。全てお見通しとでもいうように志貴は先手を打ってくる。何故か命令されて奉仕する立場になってしまった柴だが「できない」とは絶対に言いたくない。 「イかせてやるから感謝しろ!」  恩着せがましく言ってから柴は口を開いた。たっぷりと唾液で濡らした舌をそそり立つ楔に押し当てる。口の中に入り切らない志貴の楔全体に、ゆっくりと、そして丹念に舌を這わしていく。 「いいぞ、螢太。その調子だ。指も使え。全体を扱きながら舐めるんだ。私に見えるように顔を上げて」  楔を舐めるうちに興奮し、子猫がミルクを舐めるように夢中になって奉仕していた柴は、志貴の淫らな言葉に容易に操られてしまう。 「喉の奥まで飲み込め。先端をお前の喉に擦り付けるんだ。あぁ、いいぞ。そうだ。全体を強く吸いながら顔を上下に早く動かせ」  志貴の楔の先端から溢れ出るものを飲み込みながら、チュパチュパと音を立てて愛撫を続ける。そのうち、柴は縋り付くような姿勢となり、熱い吐息を吐いた。ヌいてやるつもりが、自分の方が興奮し欲の炎に包まれてしまう。 「なぁ、志貴……」 「どうした?」 「俺、やっぱ……」  予測していた通りだ、と言わんばかりに志貴は笑っていた。  柴は顔を上げ、膝立ちの態勢を取った。自分の楔に指を絡ませ、自慰しながら強請った。 「挿してくれよ。深く、奥まで……」 「自分でヤればいいだろう? 見ていてやる」  意地の悪い言葉に頷いた後、柴は志貴を使った自慰行為を始めた。ゆっくりとそれの全てを秘所に飲み込むと、自分の楔を擦りながら腰を揺らした。志貴は枕に上体を預け、口角を吊り上げる笑みを浮かべていた。冷笑を浴びせられ、自慰をじっくりと見詰められる羞恥に体は興奮し、下肢の動きはどんどん激しくなっていく。 「イイッ! アァッ! 志貴!」 「凄いな……私にお前が絡み付いて来る。熱い……そして柔らかく力強い。イイぞ、螢太。最高だな」 「イイッ! イ、イク! イクッ!」 「イっていいぞ。ほら、しっかり擦れ。私に見えるように、淫らに喘いで達するといい」 「し、アァッ! し、志貴!」  柴は腰を激しく前後させながら背を逸らし、天井に向かって嬌声を上げながら自らの欲の証を迸らせた。細い体をくねらせ、絶頂に達する様を志貴に見せ付けると、体の奥でドクリとソレが脈打った。志貴が絶頂に達する瞬間だ。 「う、ん……」  冷静沈着な志貴の表情が僅かに揺れた。  志貴に腰を抑え付けられた。ドクドクと腹の奥へ熱い情欲の証が注ぎ込まれる。惚れた男のモノになっていく瞬間が柴は好きだった。 「……朝からお盛んだな、柴ワンコ」 「何だよ、嬉しそうに命令してたクセに」  柴は言い返すものの体は繋げたままで居た。志貴の腹を跨いだまま、指先で志貴の顎や鎖骨の辺りを撫でつつ唇の先を尖らせて見せた。 「なんか、仕事に行きたくねぇ」 「なら寝ていろ。私は一階に居る」 「うわ、大人な解答。ちょっとは『私もだ』とか、恋人らしいことを言えよ」 「私が言うと思うか?」 「……言ったら気持ち悪いかも」 「ならば求めるな」 「はいはい。大人な志貴には敵わねぇよ」  拗ねたような表情を見せた後、柴は正面から志貴の目を見た。 「なぁ、聞いていいか?」 「駄目だ」 「いや、質問の内容くらい聞けよ」 「……どうせ駄目と言っても聞きたいのだろう?」 「まぁ、な。いや、でも、嫌なら答えなくていい。答えられるようになったら教えてくれるってのでいいんだ」 「気を利かせているつもりか? デリカシーの無い柴ワンコが」 「……いちいち癪に障ることを言うんじゃねぇよ」  ひとしきり言い合ってから柴は話を切り出した。 「何で花屋やってるんだ? 病院の近くだと、その……前の恋人を思い出してしまわねぇ?」  志貴の表情はいつもと変わらないポーカーフェイスだった。  時々、その口元が少しだけ揺れる。  暫く沈黙していた志貴だったが、フッと柔らかな笑みを浮かべた後、話してくれた。 「病院を辞めた後、私は毎日公園のベンチに座り込んでいた。彼との逢瀬によく利用した思い出の場所で何もせずにただ座り続けていた。私は自分の腕に絶対の自信を持っていたんだ。この腕で助けられない患者は居ない、とさえ思っていた。だがそれが奢りだと……誤りだと思い知らされ、医師だけでなく人生も辞めてしまおうと思っていた」 「……その辛さ、ちょっとくらいは解る」 「ある日、私の隣に老婆が座った。孫の見舞いに来たという老婆だった。手にチューリップの花束を持っていた。孫は三日前に交通事故に遭い、ずっと意識不明だったそうだ。だが、大好きだったチューリップの花の歌を母親が歌い聞かせると意識を回復したらしい。チューリップの花を見せて一緒に歌えば元気になるだろう、と期待を込めて持って来たのだと一人で勝手に話した後、老婆は病院へ行った。杖をつき、危なっかしい足取りで時々歩みを止めて休みながらゆっくりと……。その時に思った。花は老若男女全ての人のありとあらゆる想いに応えることができるのだ、と。生まれてくる子を祝福する時にも、死した者を悼む時にも、そして人に想いを伝える時にも……人生の全ての場面で花は人の想いに寄り添うことができる、と気付いた」 「全ての人の想い、か」 「私は一番大切な人を助けられなかった思い上がった医師だった。しかしそんな愚かな私でも花屋であれば確実に多くの人の役に立てるはずだ。そして……」  志貴が一度言葉を切った。迷うような表情を見せた後、軽く咳払いしてから言葉を続けた。 「そしていつか、死した彼に許しを乞う花を贈る日を迎えることができるのではないか、と思って花屋を始めた」  解ったか? と笑った志貴の表情はどこか悲しみを帯びていた。志貴の中には、前の恋人に対する複雑な想いがまだ残っているように思えた。それに軽い嫉妬を覚えなかった訳ではないが、柴は短い沈黙の後、小さく頷いて言った。 「……その日が来た時は俺も一緒に行く。途中でやっぱり帰る、なんて思わねぇように心の支えになってやるよ」 「ほぉ、それは心強い」 「そして挨拶させて貰いたい。新しい恋人だって」  きっぱりと言い切った柴は真正面から志貴を見た。強い決意を伝える為に瞬きもせず、想い人を見詰めた。 「……考えておこう」  志貴がフッと笑った。恋人の貴重な笑顔を見ながら柴はその日が来るのを待つ決意をした。  いつになるか解らない。  だが、気の利かない自分でも志貴の心が溶けるまでじっくり待つくらいはできるはずだ。  その日が来ればきっと本当の恋人同士になれる。そんな気がした。 「好きだ、志貴。俺、やっぱ、アンタが好きだ」  屈託のない笑みでそう言うと、柴は新しい一日の始まりに向かって体を起こし、大きく伸びをした。  黄色いバラの花束に託した十二の想いを今一度、強く感じながら……。

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