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第2話

 出会ったのは三歳の時、記憶にないほど昔の話。施設職員から聞かされたのは、いつも後を付いて来る睦生を心配して何度も振り返っていたということ。  いつも一緒が当たり前だった。二人で分け合っていた小さい部屋にはたくさんの思い出や喜びがあった。中学、高校と進みそれぞれに世界が広がっていってもいつも帰る場所は同じだったはずだ。  「直実、ここを出て行っても忘れないでね」  「忘れるわけないじゃん、いつかまた一緒に暮らそう」  就職したのは東京郊外の小さな自動車整備工場。就職して一年目は資格を取るための勉強に、仕事にと必死だった。新しい世界の中で生きることに精一杯で気が付けば、半年以上の間施設に顔さえ出していない事に気が付いた。  会いに来ると言う約束を(たが)えたことが足枷になり、帰りづらくなってしまった。睦生はどうしているだろうかと気になりだしたら、今度は眠れなくなった。それなのに今更どの面ぶら下げて帰れるものかと、思考はぐるぐると同じ軌道の上を回り続け結局帰れない日々が続く。誰でもいいから一人の時間を埋めて欲しいと、五歳年上の女性と同棲を始めたのは施設を出て十カ月が経とうとしていた時だった。  「直実!元気だった?就職決まったから一番に報告しようと思って」  「む、睦生?どうしてここに?」  まだ二月の寒い朝、玄関に笑顔で立っていた睦生を見て驚いた。おめでとうの言葉を言うべきだったのに、何故か「どうして」という言葉が先に出た。  「誰?朝っぱらから……」  その時、奥の寝室から下着姿で出てきた女性を見て、睦生が凍り付く。  「ご、ごめんっ!じゃあ、直実またっ」  慌てて逃げるように去る睦生に、なぜか後ろめたさしか感じなくて呼び止める事さえできなかった。  季節はすぐに春になり、睦生が同じ街へと越してきた。子どもの時の一緒に暮らすと言う約束は果たせなかったが、また頻繁に会えるようになった。  「睦生、お前彼女つくらないの?可愛い顔しているんだからもてるだろうに、いつまでもコミュ障じゃ駄目だろう」  いつも「モテないし、興味ないから」と答えてくる睦生に安心し表面上は、穏やかな日々が続いていたはずだった。睦生が自分を最優先してくれるこの現状が何より心地よかった。ところがある日、そのバランスが崩れた。  「ごめん、今日は友達の誕生日でどうしても……今日だけは無理なんだ」  初めての拒絶、そして翌日の夜、睦生に会った時の衝撃。  「睦生、昨日誰と会っていたの?」  「職場の先輩」  「職場の先輩って女性なのか……睦生の首に痕を付けるような仲なのか?」  何も答えない睦生との間に気まずい沈黙が流れた。その日から睦生との連絡がぷつりとしばらく取れなくなった。今までは毎週会っていたのに、あの日を境にひと月に一度か二度会うのがやっと、それも呼び出さなくては来ないと言う状況になってしまった。  「最近セックス誘っても寝たふりだよね、飽きたわけ?結婚する意志ないなら別れてよ」一緒に暮らしている女性に突然突きつけられた事実、自分でもわかっていた。睦生と会うようになってから、彼女を抱けるのは睦生と会った日の夜だけになってしまっていたのを。認めたくない事実を突きつけられ、今更ながらに自分の愚かさに驚いた。  彼女が出て行ったと伝えると、落ち込んでいると思ったのか睦生は飯を作りに来てくれたり、あれこれと世話をやいてくれたりする。そんな睦生に甘えて「毎日こんな飯が食いたい」と言うと翌日には、鞄一つで転がり込んできてくれた。  睦生は一緒に暮らし始めて、ひと月くらいして恋人とは別れたようだった。相手がどんな女性だったかは知らないが、もう会う事もないだろう。  毎日子供の頃のように一緒に眠る、そして一緒に生活をする。誰にも渡したくない、全てを手に入れたい二度と離さなくてすむように。  手伸ばせば届くところにいる、手を下に向かって伸ばすとしたから手を伸ばして、その手をきっと取ってくれる。けれど同じ場所にはいない、螺旋階段の上と下。一周まわった先にいる、だから届くのは、絡むのは指先だけ、抱き留めることは一生出来ないのだろう。ちくちくと痛むこの胸の想いに、いつまで堪えることができるのだろうか? 【完】    

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