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第6話
目尻のピアスに雨粒が光る。ああ、私の知っている彼だ。大袈裟に長い息を吐いた。
私はあの日のように彼に近付いて、人差し指の先で水滴を拭い、彼は暫く静かに目を閉じて、大きな手で私の手首を優しく掴んだ。そして今度は彼の冷えた指先が、私の頬に触れた。その感触に少しだけ肩を揺らしたけれど、それを彼が気にした様子は見受けられなかった。
「どうかした」
彼の単調な囁きに、いいえ、と答える。あなたこそどうかしている、そう言いたかったけれど、わざわざ言葉にする必要もない気がして口を噤んだ。
「もしよかったら、シャワーを使って。その間に服を乾かしておきますから」
何故だか彼と目を合わせることが出来ずに俯いた。彼は訝しむこともなく、そう、と頷くと、脱ぎかけのジーンズを腰で弛ませたまま場所を教えてもいないバスルームへと消えた。それを見送り、全身の力が一気に抜けてその場に座り込んだ。床に広がった水たまりを、着ていた服がみるみる内に吸い込んでいく。凪いだ心は、常に彼によって荒波に変わる。この感情を、一体なんと表現すればいいのだろうか。今だかつて経験したことのない波立つ感情にこの身が蝕まれていくのは紛れもない事実であり、それから逃れようのないことは本能的に分かっていた。だからこそ、惑うのだ。
彼がシャワーを浴びている間に自身の身体をタオルで拭いて手早く着替えを済ませ、水の跳ねる音を遠くで聞きながら、彼の着替えをどうしようかと考えた。私とではあまりに体格の差があり過ぎて、どの服を選んでも袖を通すことすら叶わないだろう。下着はマンションの下のコンビニで買ってきた。しかし替えの服まではさすがに売っていない。彼の着ていた服が乾くまでにはまだ暫くの時間を要した。とりあえずタオルを二枚と下着だけを持って脱衣所へ行き彼に一声かけたけれど、水の音で聞こえなかったのか中からの返事はなかった。
「……………………」
キッチンの換気扇の下で煙草を吹かし、束の間の休息をなるべく丁寧に味わった。時計を見ると午後九時をまわる頃で、空っぽになった胃がきゅるきゅると心細い鳴き声を漏らした。これから食事を作るのも面倒で、コンビニへ行ったついでに食べるものを買わなかった自分を呪った。
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