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第8話

「高校生には見えませんね」  ペーパーフィルターに挽いた豆をセットしじっくりと蒸らしている間、彼の横顔を見ながら取り留めのない会話にでもなればと口を開いた。外見もさることながら、常日頃からどっしりと構えたその姿勢はまるで十代とは思えない。彼は私に一瞥もくれないまま、まるで無関心に「ああ」と呟いた。 「十代じゃないから」  彼はテレビから視線を外さない。番組と番組の間に挟まれたおよそ五分間のニュースを、真剣に見ているようだった。 「そうなんですか………何か、家庭の事情でも?」  訊ねてみても彼は聞こえない振りをしているのか、それとも無視を決め込んでしまったのか、一向に答えは返ってこなかった。会話は途切れ、後はどちらも口を閉ざしてしまいそこで会話は終了した。手持ち無沙汰になり、砂時計のようにさらさらと落ちていくコーヒーの黒い液体を眺める。  その間に脱衣所の衣類乾燥機に呼ばれ、私は暖かく大きな彼の服を取り出して自らのものをするよりもずっと丁寧に折り目をつけた。それを持って部屋へ戻ると、芳しい香りが鼻腔を優しくくすぐり、そわそわと落ち着かなかった気持ちが静かに凪いで、日々のストレスからも少しず解放されていくような気がした。温めていたカップに慎重にコーヒーを注ぎ、いまだテレビから視線を外さない彼の前に差し出すと、彼はそれを無言で受け取った。  口の端、鼻の横、目元、眉、耳、彼を武装するピアスを無意識に目で数える。ほとんどがシンプルなものばかり。こちらに向いている左耳だけで六つ、その重さで耳が千切れてしまわないかと身震いした。彼は素知らぬふりを続ける。  テレビは五分間のニュース番組からCMに切り替わる。そこに気を取られたほんの一瞬だった。彼の腕が私に向かって伸びて、それに気付いたときには既に強引に腕を取られて身体は傾き、ソファに座る彼に向かって前屈みに倒れ込んだ。体勢を整える隙を一切与えず、腰を引かれたかと思うとそのままあっという間に押し倒された。  表情のない顔が近付く。首筋にあたる無機質でひやりとした感触に肩が跳ねた。分厚いリングをいくつも嵌めた節のしっかりとした指が私の指に絡まり、下着だけを身に着けた彼の湿った肌の温度が生々しく伝わり背筋が粟立った。耳朶から首筋、鎖骨と、彼の唇が順番に落ちていき、存外優しさの見えるそれに私は抵抗する気など微塵も起きずに、されるがまま身を委ねた。これからどのような行為に発展するかなんて、二十数年の人生の中で何度となく経験していて想像に易い。しかし、なぜ彼が私に対してこのような行為に及ぼうとしているのか、それだけが脳裏に引っかかった。暇つぶし、性欲の捌け口、興味本位、可能性としてそれは大いに有り得ることだった。

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