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最終話『月見ノ猫と猫見ノ狐』
いつでも月は美しく夜空に映える。
猫はその美しさを知らなかった。
目の前にないものは意識に入らなかったのだ。
狐はその美しさを知っていた。
飽きる事のないその美しさはいつでも輝いていた。
知らないというのは
なんと勿体のない事だろう。
-ロドンのキセキ:紅水晶のケエス・芽吹篇-最終話『月見ノ猫と猫見ノ狐』-
「体、大丈夫かい?」
「うん。」
くたりと身を横たえている御影(ミカゲ)は、力なく返事をする。
御影と樹神(コダマ)は窓辺側にいた。
御影は、窓の傍に座る樹神のすぐそばで横になり、身を休める。
丁寧にかけられた布団に、心地よさを感じながら樹神を見上げる。
月を見上げる樹神は、やはり独特の雰囲気があり、この世のものではないように見えた。
(やっぱ、神様なんじゃないのかな……。)
布団の上から添えられた樹神の手を感じ、そこに安心感を覚える。
行為を終えてからは、御影もすっかり脱力してしまい、自分で体に散らしてしまったものの後始末も樹神がしてくれ、身体が冷えぬようにと布団をかけてくれた。
その間にも、体に残る余韻が彼を刺激しては吐息を漏らさせていたものの、今となってはそれも落ち着き、2人とも心地の良い時間を過ごしていた。
「本当かい?疲れているだろうし、眠ってしまってもいいんだよ。」
樹神は、優しく御影の髪を撫でながら彼の身を案じる。
「大丈夫だよ。心配しすぎだって。全然へーき。」
「さすが若さだねぇ。」
「まぁ、結構運動してたから。」
御影は樹神にそう返事をしたものの、
(若さって……全然平気そうな顔でしてたじゃん……。)
と反論する。
事実、御影も疲労感を感じるほどには体力を使っていた。だが運動量としては、樹神も同じかそれ以上のはずだ。
それでも樹神は平気な顔をしていた。
その上達したのは一度だけではない。一度お互いに達した後も、どうしても興奮が冷めやらず、"もういっかい"を何度か繰り返した。
結果として今、御影は体を横たえ身体を休めているというのに、樹神はまだ御影の身を案じながら髪を撫でたりと愛で続けてくれる。
もし御影がもう一度と乞えば、樹神は喜んでとで応じてくれるだろう。
御影は樹神の知らなかった部分を知っていくにつれ、逆に不思議なことも増えているように感じていた。
「そういえば……」
ふと、月を眺めていた樹神が御影に視線を移して問いかける。
「実際にどうだった?色々想像していたんでしょう?」
「え、あ……」
御影は事が済んでから、樹神に自分がどんな想像をしていたのかという話を打ち明けていた。
架空の女と樹神の行為。
それは、いざという時、樹神はどんな風にするのだろう、という素朴な疑問から生まれた想像だった。
そしてその疑問の明確な答えを、御影は今日、身をもって知ったのだ。
「んと……、ないしょ」
頬を染め、布団で口元を隠して小さくそう言った御影に樹神は微笑む。
実際のところ、予想以上にやばかった、というのが御影の素直な感想であった。
だが、それをそのまま答えるのは少しだけ恥ずかしかった。
「ねぇ御影。本当に良いのかい?君はまだ若い。もう少し、色々な事を経験してきてもいいんだよ。僕はずっとここに居るから、何も無理をして僕のそばに居続けてなくても」
「樹神。俺は、ここじゃなきゃやなんだ。樹神のそばじゃないと、嫌だ。」
御影はそう言いながら樹神の浴衣の裾を掴み、樹神を見上げる。
樹神は少しだけ驚いた様な表情を見せた後、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。」
「うん。」
御影は樹神に微笑み返し、ついで半身を起して、樹神がずっと眺めていた月を見る。
寄り添うようにして座ると、かけていた布団が御影からするりとすべり落ちる。
「今日、月すっげぇんだな。」
「うん、十五夜だからね。」
淡い緑の瞳を輝かせながら、御影は月を見上げる。
そんな様子を愛らしく感じながら、樹神は彼から滑り落ちた布団を肩にかけなおそうとする。
「今までちゃんと見た事なかったけど、月って綺麗だな。」
樹神は布団を肩にかけ直そうとしていた手を少し止めて、御影を見る。
当の御影はずいぶんと嬉しそうにまた月を眺めていた。
彼は"知らない"のだろう、と悟った樹神は布団を掛けてやりながら言う。
「そうだったんだ。僕はずいぶん前から"そう想っていた"んけど、近くに居すぎて気づかなかったかな?」
「え?近くって月が?確かに毎晩出てるけど……そう、なのかな。」
心底不思議そうにしている御影にくすりと笑い、樹神は続ける。
「知る事ができて、良かったかい?」
「ん?……うん……?」
質問の意図を理解しかねた御影は、なんとなく頷いてみせる。
御影は"知らずに"そう言ったのだと分かっていても、その上で頷いたのだとしても、樹神にとってはそれがとても嬉しかった。
不思議そうにしている御影に、微笑みながら口づける。
突然唇を重ねられて驚いた御影は、目を見開きながらも頬を赤らめる。
「僕もだよ。」
そんな御影の頬を撫でながら、樹神はそう言った。
満月に照らされた2人の夜は、ゆっくりと過ぎていく。
後日、御影は大学時代の友人であった桔流(キリュウ)と食事に出かけた。
その晩、食事から帰ってきた御影は帰宅するなり樹神に詰め寄った。
その顔は随分と赤らんでおり、怒りが上か羞恥が上なのかは読み取れなかったが、その両方を含んでいる事は確かだった。
「樹神!!!」
「ど、どうしたんだい?」
「なんであの時、月の事教えてくれなかったんだよ!俺が知らないの気づいてただろ!」
「あぁ、あはは。可愛かったから、ついね。嬉しかったし。」
「やっぱ樹神は意地悪だ!」
「あはは。」
緩んだ表情で微笑む樹神に思いのたけをぶつけつつ、御影は冷めぬ熱と戦う。
そしてその後少しの間、御影は月の話をする度に赤面したりその場から逃げだしたりという騒がしい日々を送る事となった。
芽吹いた想いはすくすくと育ち、たくさんの想いを栄養に変え、天に向かって逞しく成長してゆく。
美しく花開く、その時を目指して。
Fin.
Thank you for reading.
著:SJ-KK Presents・化景 吉猫
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