5 / 6

第4話『言わない狐』

 彼は隠しごとが得意だった。  だから隠し続けた。  この一時の幸せに  終わりが来ないように。   -ロドンのキセキ:紅水晶のケエス・芽吹篇-第4話『言わない狐』-  御影(ミカゲ)はひとつ不思議に思っている事があった。  毎晩己を擦り合わせてお互いの昂ぶりを感じているから、樹神(コダマ)が無理をしてその行為に付き合っているわけではないという事は分かっていた。  だが、必ず始まりは御影の昂ぶりが現れてからだった。  樹神からは一度もそういった反応を見せたことも、昂ぶりを自らあらわした事もなかった。  樹神は自ら欲情する体質ではないのかもしれない。  なのに御影とする時にあんなにも欲情しているのはなぜだろう。  いつものパターンからすれば、御影が昂ぶりをどうしようかと悩み始めている頃に、樹神が察知したかのように「寝られそう?」と訊いてくるのだった。  そしてその後、いつも通り御影が妙な墓穴を掘って、昂ぶりがバレてしまうのだ。  御影がひとつ現れた不思議を考えつくしたその日の晩、案の定墓穴を掘った御影が樹神に悟られ、いつも通り御影と樹神は布団の上で向かい合い、下半身を密着させている状態となっていた。  樹神の手が合図するかのように御影の腹をゆったりと撫でる。  御影はそこで呑まれまいと、どうしても訊かなくてはならない事を尋ねた。 「樹神っ」 「ん?どうしたんだい?」  樹神がゆっくりと問い返す。  その声は、すでに吐息を多く含み、やや低く御影の聴覚へと入る。 「……あのさ、樹神。俺、訊きたい事あるんだ。」 「…‥‥うん。」  樹神は少し目を細め、ゆっくりと相槌を打つ。 「訊かれたくない事とか、思い出したくない事だったらごめん……。でも訊かないと駄目だから、訊く。」 「うん。」 「樹神は……、樹神は今、恋人とか……いないの?」 「……。」  どうしてこんなにも胸が締め付けられるような気持ちになるのだろう。  今までずっと訊きたかった事であったのに、御影はその返事を聞くことに少しだけ恐怖を感じた。  返事をされるのが怖い。  ここで"いる"と言われたら、この距離で樹神と接することが出来なくなる。  恋人がいるのなら、これはしてはいけない事だから。  御影は、返事を待つその数秒の間にも息が上手くできなくなってきていた。 「いないよ。」 「……。じゃあ、あの……奥さんとか…は」 「いない。」 「"今はいない"って事だったりする?」 「ううん。僕は結婚したこともなければ、今付き合っている人もいないよ。」 「…そ、っか」  御影は心の底から安堵していた。  なぜ安堵しているのか御影自身もよくわからないが、心は確実に「よかった」と言っている。   「御影。」 「ん?」 「御影は今お付き合いしている子はいないのかい?」 「え?う、うん。」  御影は何故そんなことを訊かれたのか分からず、ただ樹神を見上げ真実を述べる。  樹神はそんな御影の髪を撫で、微笑みながら言う。 「そうか。なら御影はまだ若いし、女の子の事も気になる時期になってきたんじゃないのかい?この1年間ずっとここで働いていたけど、たまには友達と旅行に行ったり、他のところへ遊びに行ってもいいんだよ?」 「……。」  御影は安堵しきっていたせいか、突然やってきた寂しさに心を圧迫され息が詰まる。  御影は無意識の内にとある期待をしていた。  樹神から恋人や婚約者もいないと聞かされた時、もしかしたら自分を選んでもらえるかもしれないなどと期待を抱いてしまった。  御影は自分でも気づかない内に恋に落ちていたのだった。  だが彼は恋がどういうものか知らなかった。  だから自分の寂しさや傍に居たいという欲求を不思議に思っていた。  それがどういう感情からくるものなのか、彼はわからなかったのだ。  そしてそれが恋だと気付いたのは、たった今だ。  その上で気づいたのが、無駄な期待をしていたという事。  自分は樹神にとって恋愛対象ではないのだ。何を思い上がっていたのだろう。  実際には樹神が同性愛者であるかも分かっていない。   「御影?大丈夫かい?」  明らかに様子がおかしい御影に樹神が尋ねる。 「御影?」  御影は俯いたままだった。  樹神に名前を呼ばれる度、胸が苦しくなる。   三度目に名を呼ばれた時、御影の視界は完全に滲んでしまった。 「ごめ……ちょっ、と……俺……」  震える声でそう言って、御影はその場から逃れようとするが、樹神は彼を逃さなかった。  逃れようとした御影を制止した樹神の力は、御影が驚くほど強かった。  痛みはないが、その場から離れることを許さないといった意志を感じた。   「御影」  再び名を呼ばれ、御影はいつも以上に低いその声に怯む。  優しげな声なのに、御影の身体を縛るだけの力は十分にあった。  涙が止められない瞳で、御影は恐る恐る樹神を見る。 「……。」  御影は少し驚いた。  滲んだ視界でかすかに見える樹神の表情はとても苦しそうだった。  声も出せず、ただその樹神を見つめていると、樹神は御影の胸元に額を寄せる。 「そんな顔をして……。」 「……?」  そのまま、静かに樹神が言葉を紡ぐ。  ゆっくりと、口にする言葉を御影に染み込ませるように。 「まだ、今なら見守るだけで済む。まだ解放してあげられる。……そう、思っていたんだけど。」 「……。」 「そんな顔をされたら」  樹神は顔を上げ、御影と見つめ合うように視線を交わらせる。 「許されたと思ってしまうじゃないか。」  御影は樹神が何をいっているのか分からなかった。  だが、理解したかった。  だから、御影はただ樹神の言葉を聞いていた。 「分かってたんだ。あの時……、君が初めて僕に身体の事を悟られてしまった時。あの時に手を出すべきではないと分かってたんだ。でも、僕の呼びかけで、君があまりにも素直に僕に身を任せるものだから……。」 「……。」 「止められなかった。」  その言葉で御影の脳が痺れる。  御影がひとつ息を吐く。 「今、こうして君の身体に触れて、こんなに近くで体温を感じられて……。」  樹神が御影の腕をゆったりとなぞっていき、御影の手と自分の手を重ね合わせる。 「僕、結構我慢強い方だったんだけどな……。」  樹神の柔らかい髪が御影の頬をなぞっていく。  今、二人の距離は今までで一番近く、2人は額を擦り合わせるような形で見つめ合う。   「御影……、御影は、僕の手が欲しい?」  樹神はそう問いながら御影の額を擦る。  御影は答えられずにいた。 「ねぇ、御影……御影は……僕が欲しい?」  脳だけでなく、全身が痺れるような感覚に、御影は目を細め、ぎこちなく息を吐く。  何度かそうして呼吸をした御影は、目の前の金色の双眸を見つめ返す。 「…………欲しい」  今触れ合っている場所はどこなのか、御影にはもうわからない。  感覚という感覚が敏感になりすぎていて、脳が処理できていない。  それでも、樹神が少し微笑んだのが分かった気がした。  再び樹神の声が聞こえる。   「じゃあ、僕をあげる代わりに、御影、君をちょうだい。」  御影は言葉の紡ぎ方が分からなくなっていた。  返答できずにいる御影に、樹神は再び問う。  今、お互いの唇は簡単に触れ合える距離にある。 「ねぇ、くれる……?」 「……うン」  御影の返事を合図に、樹神は御影に唇を重ねる。   御影の呼吸は一気に乱れ、幾度となく角度を変えてゆったりと唇を食まれる度吐息を漏らし、重ねられた樹神の手を握り返す。 「御影……今日は、また別の方法でしてみようか。」  御影は乱れた呼吸を整えながら、朦朧とする意識の中小さく頷いた。  乱れた呼吸音と、小さくも脳を刺激するような甘い声が樹神の聴覚を満たす。 「はっ、あ……っ、ぅ」 「大丈夫かい、痛い?」 「ん……っ」  背を反らせ、腰をびくつかせながらも、言葉など返せる状況ではない御影は首を振る。   「我慢しちゃだめだからね。」 「んン……ッあ、あ」  御影の身を案じながらも、行為自体には快楽として感覚を得ているらしい御影の後ろを樹神の指が押し拡げる。  随分と時間をかけて慣らしたおかげか、もう少し解してやれば痛みなどもなく樹神のそれも呑めるようになるだろう。 「……っはあ……あ」 「そう、偉いね。そのままゆっくり呼吸し続けてごらん。もう大分解れてきたよ。」 「う、ん……っ」  樹神の指を締め付けてくる御影のそこが、拡げられ樹神の指で内壁をなぞられる度締まり、くちゅりと粘り気のある音をたてる。  樹神は聞こえてくる様々な淫靡な音に聴覚を犯されていた。  自分がもう少し我慢のない性格であったなら、今頃御影の中にねじ込んでいるだろうと思った。   「……こだ、ま」 「ん?なんだい?」 「ま、だ……だめ?」  今すぐにでも次の段階に進みたいという欲に必死で耐え、なんとか御影が辛くならないようにと我慢している中、御影は無意識に樹神を駆り立てる。  御影はその事に自覚はないが、ただ早く樹神が欲しかった。  樹神が今してくれている事は、御影に辛い思いをさせない為のものだという事も御影は分かっていた。  初めてそこに指が入ってきた瞬間の異物感は確かに辛かったし、息苦しさも感じた。  だが今はそれが体を痺れさせ、もっと欲しいなどと思えるようになった。  樹神が丁寧にしてくれているからこそだというのも御影は分かっていたのだが、快感を与えられ続けているこの身体は、もう樹神のそれを受け入れたくて仕方がない。 「もう、我慢できない?」 「……んっ、……ぅん……もう、欲しい……。」 「仕方ない。じゃあもう少しだけ拡げられないときついから、少し我慢してね。」 「……ッあ、あっあ……っは、ぁ…あッ」  樹神はやや強めに御影のそこを押し拡げ、ちょうど良い具合になるように慣らしていく。  突然刺激が強めになり、御影の大きく背が反る。 「ん……これなら大丈夫かな。」 「……ん、……はいる?」  すっかり呼吸は乱れ、汗で髪がやや湿っている様子の御影が、いつもよりたどたどしい口調でそう言い、樹神の浴衣の裾を掴む。  その様子を可愛らしく思い、樹神はくすりと笑ってから微笑み返す。 「うん……、入るよ。挿れていい?」 「ん……挿れて……」  御影は自分が何を言っているのか分かっているのだろうかと樹神は考えるが、おそらく彼はただ思いつくままに言葉にしているだけで、おそらく深い意味などないのだろう。   「じゃあ、挿れるね。深呼吸して、体の力を抜いてごらん。」 「ん……」  御影が言われたとおりに深呼吸をしながら体の力を抜くのを見て、息を吐き切る前に先端を御影の内部へと押し挿れる。 「ひあッぁ……っ」  吐き切った後にまた心の準備をさせてしまうと、御影は体が固くなってしまう気がしたので、少しだけ不意をついて挿れ込んだ。  そのおかげか、御影はずいぶんと可愛らしい嬌声をあげた。  流石に吃驚したのか、御影が少し不服そうに樹神を見る。 「ごめん。びっくりしたね。」 「樹神……いじわる……」  少し涙目に艶が増している様子を見ると、少し涙も押し出されたらしい。 「ごめんね、でも可愛かったよ今の声。」 「…っ、いじわるっ」 「あはは、でもほら、欲しかったの入ってるよ。」  御影が浴衣の裾を掴んで樹神に抗議していたところで、その手を取って樹神はそう言いながら御影の中に自身を深く入り込ませていく。  その間中、御影は腰をびくびくと跳ねさせては足の間に割り入っている樹神を挟むように両足に力を込める。 「あぁっ……あっ…ん、ああぁ……ッ」 「分かるかい、御影。今一番奥に当たってる。」 「あっ……はあっ……へん…、なんか、あ」 「このままイけちゃいそうだね、御影」 「あ、やだ……なんか……ッ」 「大丈夫だよ、そのまま奥の方、僕が今擦ってるとこを意識してご覧。イけるから。」  初めての感覚に身悶える御影だったが、樹神の言葉通りに脳が働いたらしく、樹神のそれが内部をゆっくり擦り上げる度御影のナカは徐々にきつく締っていき、呼吸が大きく乱れ、嬌声交じりの呼吸音が激しくなった果てに御影の腰が大きく跳ねた。  樹神は彼の内部の痙攣を自身で感じながら、必死で握り返してきていた彼の手の感覚を愛おしく感じていた。  初めてナカでの絶頂を経験した彼の身体は、いまだに微かに余韻を刻んでいる。 「あんなに拡げたのに凄い締まってるね。」  うっとりとした表情でそう言う樹神を潤んだ瞳で見つめ返すと、微笑まれ、ついで軽く唇を食まれる。 「大丈夫?ナカ凄い熱い。」 「……うん……。」 「もう辛い?」 「ううん。……樹神は」 「え?」 「樹神は……まだイってない?」 「うん……まだかな。」  樹神はそう言って御影の頬を撫で、無理しなくてもいいのだと言おうとしたところで再び御影が口を開く。 「じゃあ、もういっかい」  既に御影自身が絶頂と共に吐き出した液体で、彼の腹の上が点々と白くなっていたにも関わらず、彼は樹神にそう言った。  その言葉に少し驚いたものの、それはひどく樹神を駆り立てた。   「そんな事を言って、後悔しても知らないよ。」 「?」 「僕、あんまり煽られると当分終わらせてあげられなくなっちゃうよ。」 「ん……いいよ。今きっと発情期だから、俺。」  御影はとろんとした瞳で笑み、樹神を見つめ返す。 「御影はほんと、可愛いね。」  樹神はそれに応じるように微笑み、またゆっくりと唇を重ねた。  彼らの耳に夜風の音は入らない。  入るとすれば、布が擦れる音。  呼吸する音。そして声。  今、彼らの耳に入るのは、この空間にある音だけだった。  

ともだちにシェアしよう!