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第3話『知らない猫』
彼がそれに気づけなかったのは
彼のせいではない。
彼がそれに気づけなかったのは
巧みに隠されていたせいなのだ。
-ロドンのキセキ:紅水晶のケエス・芽吹篇-第3話『知らない猫』-
昨晩、御影(ミカゲ)が樹神(コダマ)の手によって自身を慰められた結果、二度目の慰めを行う必要がなく事は済んだのだった。
御影はその事から、もしかすると夜に決まって昂ってしまう様な事も、昨晩で治ったのかもしれないと思っていた。
ただ、物事とはそううまくいかないもので、おやすみと言い合ったその数分後にはいつも通りの状態になっていた。
御影は一つ小さなため息をつく。
だがここで、御影はもう一つの希望にかけてみることにした。
「…………。」
脳内でなるべく気分が滅入るような事を考えてみた。
御影の考えは、気分が萎えれば昂ってしまった自身も萎えさせられるのではというものだった。
そして、その作戦を試みる事数分。
御影は想像に集中したせいで、初めて樹神に慰められた時の事や擦りあわせて達した事、更には昨晩の事などをすべて鮮明に再生しきってしまった。
結果としてはご覧の通りといったように、ズボンが張っているのがちらりと見ただけでも分かる。
またため息をついて目を瞑る。
「……。」
そして次に思い出したのは、樹神が覆いかぶさるようにして眼前にいた時の事。
御影は記憶の中で視線を下にずらす。
そして視界に入るのは、自身にあてがわれている樹神のそれ。
自身とそれが樹神の男らしくも白く綺麗な手で包まれている。
御影は無意識に唾をのむ。
「……。」
唾をのむ感覚により少しだけ現実に意識を戻す事ができた御影は、次に不思議に思った。
どうして突然そのシーンを思い出したのだろう。思い返せばあの時、自分は擦られる自身よりも、ずっと樹神のそれを見ていた気がする。
凝視するようなものではないのに、なぜか意識が朦朧とする中でもそれを見てしまっていた。
その時に、自分のものよりも樹神のそれが少し大きめであったのも知った。
(あんなの入るのかな……。)
毎晩のように想像してきた架空の女と樹神の交わる映像をまた呼び起こす。
そしてそこで再び御影は気づいたことがあった。
女の顔が不明瞭なのだ。髪で顔が隠れている。体はしっかりと想像出来ているのに、考えてみれば顔は口元と鼻くらいしか見えていなかった。
恋愛に興味がないとはいえ、御影にも女の好みくらいはある。
だからその女の顔を思い浮かべればいいはずなのに、樹神と交わる女たちはどうしても顔を想像することができなかった。
いくら想像しても御影の意識の中に入ってこないのだ。
想像の中でいつも顔が見えていたのは樹神だけだった。
樹神がどんな表情で女を魅了し、どんな声で女を安心させるのか。
数日前まではまったく想像上のものであったが、今御影が想像するのは紛れもない事実を元にした映像だ。
低く色を含む声で聴覚を満たし、月光で艶を宿す金の瞳が細められ光が揺らぐ。
そうやって樹神はこちらの心を支配する。
「……。」
御影は記憶の中であるというのに、再び樹神に支配されているような感覚に陥る。
体が熱を持っているのが自分でもわかる。
落ち着くために吐いた息で、また自分の昂ぶりを自覚する。
そのまま少し耳を澄ませると、いつも通り樹神の静かな呼吸音が聞こえる。
(うん、寝てるよな……。)
御影は既に、身を起こしてトイレに立つという選択肢を捨てていた。
ズボンを少しずらし、下着の上からそっと自身をなぞる。
(……少しだけ。)
自身の先端に掌をこすりつけるように、下着の上から刺激する。
その時点でやや先端が湿っているのが分かった。
このままでは無事に事を終えられたとしても、履き心地の悪い下着のまま寝ることになってしまう。
御影は観念して、なるべく音をたてないようにゆっくりと下着から自身を出し、先端部分をさするようにしてから自身を扱く姿勢をとる。
激しく手を動かせば音をたててしまうので、御影はきつめに自身を締めながらゆっくりと絞るように扱く。
(少しだけだから。)
そう自分に言い訳をしながら、止められない欲に負けてゆっくりと扱き続ける。
再び樹神と向き合ってした時の事を思い出し、息があがる。
それでもばれないようにと、なるべくゆっくり呼吸する。
「今日は大胆だね。」
心臓が潰れるかと思うほど驚いて、御影は目を見開きながら背後を振り返る。
御影の視線の先には、横になったまま頬杖をついて楽しそうに微笑んでいる樹神がいた。
「……っ」
そんな樹神に声も出なくなってしまった御影は、羞恥心で頬を染める。
「いいよ。気にしないでそのまま続けて。」
またにこやかにそう続ける樹神に戸惑い、御影は自身から手を離して布団を口元まで引き上げ、言葉を必死で選ぶ。
「ごめんごめん、冗談だよ。流石に僕がいちゃ恥ずかしいよね。一度別の部屋に行っておくから、終わったら」
「…ッ、待って…っ」
横になっていた姿勢から、体を起こし立ち上がろうとした樹神の浴衣の裾を御影が掴む。
樹神は少し目を見開いて動きを止め、御影の様子を伺う。
御影はその時、自分がどうしてそうしてしまったのかは分からないが、出て行かれてしまう事に対してひどく胸が締まるような感覚を覚えたのだった。
本来ならば、遠慮による引き止めであるべきなのだが、今の御影は寂しく、あるいは肌恋しいような気持ちでいっぱいになっていた。
何故かはわからない。でも樹神に傍にいてほしかった。
ただそれだけだった。
「……。」
縋るように自分を制止し、切なげに見つめてくる御影を安心させるように微笑み、樹神は上げた腰を下ろす。
「御影……。」
そして御影に視線を合わせ、裾を掴んでいた彼の手に自分の手を添えて問う。
「御影……、僕の手、欲しい?」
覗き込まれるように金の双眸に見詰められた御影は、考えるより先に答えていた。
本心を答えるのに、考える必要などなかった。
「欲しい。」
自分でも驚くほど弱い声で、吐息のように吐き出されその願望は音になった。
それに少しだけ間を置いて、樹神は微笑む。
「わかった。じゃあ、横になってごらん。大丈夫だよ、どこにも行かないから。」
御影はその言葉に素直に従うが、樹神の服は掴んだままだった。
樹神がそのまま御影の横に添うように体を横たえ、御影のそれに触れる。
御影はそれにはじかれるようにして樹神の顔を伺った。
「どうしたの?」
何か言いたげな表情で見つめてくる御影にそう尋ねると、再び顔を下げて迷っているようなそぶりを見せる。
「大丈夫だよ。言ってごらん。」
「……。」
「大丈夫。教えて、御影。」
「……あ、あの……」
「……うん。」
「樹神は……今日、しないの……?」
御影のその言葉は樹神の予想していなかったものであった。
樹神は少しだけ驚いたが、また優しく問いかける。
「一緒にしたい?」
そう尋ねれば御影は小さく頷く。
「いいよ。」
樹神の声が少し低くなる。
またあの声に近くなる。相手を捕えて思考を麻痺させる為の声。
樹神があの時のように御影の足に割って入るようにし、御影の腹をゆっくりと撫でて、昂ぶりを隠しきれなくなっている御影の自身に触れる。
「……っ、あ、あの…」
ぴくりと体を反応させた御影がシーツをきゅっと掴み、樹神を見上げる。
「ん?」
樹神は優しく笑み御影の視線を受け止める。
「俺……してみたい……。」
御影の申し出に少し驚いた樹神だったが、優しく応じる。
「いいよ。してみて……。」
「ん……。」
御影は心臓が高鳴るのを感じていた。
樹神のそれを見るのは二度目だが、樹神のそれを自身にあてがわれた時から、樹神に触れたいという欲求があらわれていた。
そしてやっとその欲求が満たされた今、御影は自身と樹神のそれをゆっくり己が手で扱く。
他人のそれに触れるのも、扱くのも初めてで、力加減が分からずなるべく力を込めすぎないように扱いた。
「だ、大丈夫?」
「うん。上手い上手い。」
「ん……。」
樹神の声を聞きながらも、御影の目はただ樹神のそれを見ていた。
どこを見るでもないのだが、目が離せなかった。
「…触ってみたかったの?」
すると不意に樹神から声がかかり、驚いて樹神を見上げる。
「御影のがちょっと硬くなったから。」
「あ……」
また一層頬を赤くした御影は観念したように頷き、小さな声で話す。
「前に……一緒にした時から、触ったり、やってみたりしたくて……あの、その、い、痛くない?」
「全然痛くないよ。いつも自分でやってるのと同じようにやってごらん。それで僕も気持ち良いから。」
そう言われた御影はひとつ深呼吸してから、先ほどよりも少し強めに包み、ふたつを合わせた。
「今日ももう大丈夫そうだね。」
不思議な事に、また一度お互いに達した後は御影の自身もすっかりおとなしくなっていた。
「樹神とすると……一回で済むのかな……。」
「そうなのかな?じゃあ、明日からしたくなったら僕とする?」
樹神が微笑みながら首を傾げる。
御影は少し照れくさいような気持にはなったが、一度に一回で済む上、隠れてしなくてもいいのならと思い、その提案に頷いた。
そこから数日の間、提案通り御影の自身が昂るのを合図にふたつを合せては慰め合った。
そんなある日の朝、御影は少しだけ早く目を覚ましていた。
早起きな鳥たちが心地の良い声で鳴いている。
樹神はまだ隣で静かに眠っている。
端正な顔立ちは、寝ていても崩れることはなく、ずっと見ていても飽きそうにない。
そんな樹神を見ながら、御影はある事を思い起こす。
(結局……女の人とどういう風にするかはなんとなく見当がついたけど、樹神に恋人がいるのかは訊けてないな……。)
御影はそう考えてから眉をひそめる。
もし樹神に恋人がいるならば、昨晩までの行為はよくない事なのではないか。
(だって……、男同士でもあんなことしたら浮気みたいなもんじゃ……)
彼らの住む世界で同性愛者の存在は珍しくはないし、社会的な偏見を持たれているわけではない。
比率的には異性愛者のカップルの方が多いが、かといって同性愛者だって少なくはない。
だからこそ、これは男同士であるからというのは言い訳にはならないのだ。
樹神が異性愛者で、男同士のそういった性的干渉はただのスキンシップと認識していても、樹神の恋人である女はそれをスキンシップとするかは分からないのだ。
(もし……、もし樹神に恋人がいるなら、こんな事続けさせちゃだめだ。)
御影はひとつ息を吐く。
(今晩、ちゃんと訊こう……。)
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