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第2話『明察狐』

 彼の洞察力は  周知されている  彼の穏やかさと相反し  異常な程の鋭さをもっていた。 -ロドンのキセキ:紅水晶のケエス・芽吹篇-第2話『明察狐』-  御影が初めて樹神と架空の女の情事をもって、自身を慰めてしまった夜から数日がたった。  そんな日の夜も、御影の悩みが解消される事はなかった。  あの晩以来、横になり眠ろうとすると、樹神の情事についてを思い出すようになってしまった。  はじめのうちは何とかそのような想像を振り払おうと努力していたのだが、何をしようともその想像はひとつ事を終えるまでは離れてはくれなかった。  御影は数日の努力の果て、結局白旗を振り降参する事にした。  その敗北の日から御影は、樹神が寝静まったのを確認してからトイレへたつようになった。  そしてここでもうひとつ、御影にとっては大いに歓迎しがたい問題が発生していた。 「……なんなんだよ。」  ここ数日の間で、横になり目をつむる時だけでなく、風呂に入っている最中などでも情事のビジョンは追いかけてきては御影を駆り立てるようになり、ついには1回なだめてやるだけではおとなしくなってはくれなくなってしまった。  精通を経てから数年間、性欲というものを置き去りにしてきてしまったせいか、あの晩をきっかけに、彼の性は全力で彼を歓迎してしまっているらしい。  最低でも1度に2回の慰めをしてやらないと、彼の性は彼を許してはくれなかった。  自分の体の事なのに、どうして翻弄されなければならないのか。  御影のため息は増える一方であった。  そんなある晩の事、いつも通り横になってみれば蘇る映像に身体は焚きつけられ始める。  御影はまた小さくため息をついて身を起こす事への怠さを感じていると、突然背後から名を呼ばれた。  その声に驚いて背後を振り返ると、樹神が肘をついて少しだけ身を起こし、心配そうな顔で御影を見ていた。 「どうしたの?眠れないかい?」 「えっ、あ、いやあの……トイレ行きたい気がするけどあの、なんかもう横になっちゃってだりぃなーって、思って……」  しどろもどろになりながら必死で取り繕ってみるが、樹神は相変わらず心配そうに眉を顰める。 「トイレ?さっき、行ってなかったかい?」 「え!?え、あ、そ、そうだったかな。」  自分はどうして咄嗟の嘘がこうも下手なのだろうかと落ち込む。  これでは隠し事をしていますと言っているようなものだ。 「大丈夫かい?具合でも悪い?」 「いや、ち、違う。そうじゃないんだけど……。」 「本当に?無理しなくていいんだよ?熱とか」 「わっ……!」  樹神が御影の発熱を案じ、額に手を当てようとしたところで、半身を起こしていた御影は、掛布団の上から咄嗟に自分の股あたりを隠すように抑えた。  御影は 完全に墓穴を掘ってしまった自分の行動に、再び頭を抱える。 「……。」  突然の御影の行動に樹神は少しきょとんとしていたが、色々と考察が済んだらしく次に苦笑した。 「そっか。ごめんね、そういう事か。」 「え、えっとその。」  樹神は、悟られた事を自覚し赤くなっている御影の髪をなでて言う。 「やっぱり無理にでも部屋を分けてあげれば良かったね。いちいちトイレに行くの面倒くさかったでしょう。すまないね。」 「や、あの、その、ご、ごめん。」  訳も分からず御影も謝る。 すると樹神は再びおかしそうに笑いながら続ける。 「明日から寝る部屋だけでも別の部屋を用意しようね。その方が御影も」 「それはやだ!」 「……え?」 「あ……」  御影の咄嗟の拒否の言葉に樹神は少し目を見開く。  だが、その言葉に一番驚いていたのは御影自身だった。  なぜ突然そんな事を行ってしまったのかはわからない、だが、なぜか嫌だったのだ。  理由など御影自身も説明できるわけではないが、とにかく嫌だった。  混乱しているのか俯いてしまった御影に樹神は再び優しく声をかける。 「そっか。」 「……ご、ごめん。」 「はは、謝らなくていいんだよ。」  俯いたままの御影の髪を優しくなでながら、樹神が問う。 「ここで寝る方がいい?」 「あ、の……」  樹神は、どう返答すれば良いかわからなくなっている御影の髪から頬に手を滑らせる。  その動きにつられるように御影が樹神の顔を見上げ、樹神の顔を認識した彼は目を反らせなくなった。  これは誰だろう。  御影は直観的にそう思った。  樹神以外の何者でもないはずのその男の顔は、今まで見たこともないような表情を作っていた。  表情というより雰囲気といった方が合っているかもしれない。  穏やかな微笑みを作っていながらも、細められたその双眸が御影を捕えて放さない。 「ん?」  いつもより低く感じる樹神の声が御影の息を詰まらせる。  そんな御影の頬に添えられていた樹神の手は、ゆっくりなぞるように御影の首筋を撫でながら降りていく。  それに誘われるように、御影の息は喉を通りぎこちなく少しずつ解放されていく。  首の横を包むように添えられた手と、首筋をなでる親指の感覚が妙にくすぐったく、御影は少しみじろぐ。  先ほどは恥ずかしさで頬に熱を感じていたのだが、今は何で熱を感じているのかわからない。  ただ、さっきよりも頬が熱い事だけはわかった。  そんな御影の様子に微笑んで、樹神は再び口を開く。 「あちらを向いてごらん、御影。」 「……?」  今の御影に思考を巡らせる力はない。  ただ不思議に思いながらも言われるがままに、樹神に背を向けて布団の上に座りなおす。  その直後にやんわりと腰に腕を回され、樹神の方に抱き寄せられる。 「あんまり我慢させてもね……。」 「こ、樹神?」  背中で樹神の存在を感じると、その体格差を再確認させられる。  御影はどちらかというと背が小さい方だ。  体つきてきには御影の方ががっしりしているはずなのだが、それでも樹神は大きく感じた。  樹神に包まれるような形のまま、背後から回されている樹神の手が御影の腹をなでる。  それにまたくすぐったさを感じて、ひとつ息を吐きだし、樹神の名を力なく呼ぶ。  うん。と、相槌をうつような返事をした樹神は、張った下着の上からすっかり硬くなった御影自身を手の平でなぞるように撫でる。 「樹神……っ、なに、して」  すっかり惚けてしまっていた御影が、徐々に今の自分の状況を認識し始めた。  嫌悪感ではなく、羞恥心から樹神に抵抗しようとするが、呼吸が早くなるだけで、上手く抗えない。 「御影、何を考えてたの?」 「……っ」  今までで一番近い距離で樹神の声がする。  ただ低いだけではない。今まで聞いたこともないような、色を含んだ声が、御影の聴覚を満たす。  体の芯を細い何かがするりと通過していくような感覚が御影の体から力を抜き取っていく。  心臓は異常なほどうるさく脈打つ。  今、御影の脳を満たすのはその音と樹神の声だけだった。 「大丈夫だよ御影。僕に任せてごらん。」  だらしなく力が抜けた身体を樹神に任せ、ただ消えぬ羞恥心だけを抱えながら、樹神の手で慰められる感覚に御影は少なからず興奮していた。  そんな自分に混乱しながらも、吐息と一緒に漏れそうになる情けない声を抑え続けた。  それからそう時間もかからない内に樹神の手で扱かれた自身は頂点に達したが、御影にとってはそこからも戦いがあった。  そのまま出してしまうと布団汚れちゃうからね、と言われた時点で、一度途中で手を止めて貰えるのだと思った。  だが、御影のそんな考えむなしく、樹神が手を止める事はなく、御影が達するまでそれを刺激し続けた。  結果的に、出したものが樹神の手で受け止められ、布団は無事だが御影の心は無事ではなかった。  初めて他人の手で慰められた上、その相手の手に自ら出したものを受け止められてしまった御影は羞恥心に混乱が重なり呼吸する事しかできなくなっていた。 「……おや。」  そんな中、樹神のそんな呟きが聞こえた。  その呟きのおかげで意識を手放さずに済んだ御影は次に自身に目をやる。 「あ……」 「まだ元気だね。」 「こ、これはその」  もうこれ以上何を取り繕えばいいのだろう。  いつも2回以上なだめなければおさまらない体質が、このような時にまで仇になるとは思ってもみなかった。 「いつも2回以上なのかな?」 「……っ」  楽しそうな声色でそう尋ねられ、相変わらず返す言葉が見つからない。  今日はどれだけ恥ずかしい思いをすればよいのだろう。  御影がもうどうにでもなれと思い始めていたところに、樹神が問う。 「そうだな、じゃあ今度はちょっと別の方法でしてみる?」 「え?」  樹神はそう言うと脱力した御影の身体を丁寧に横たえ、困惑している様子の御影の頬をなで今一度問う。 「どうする?」  樹神の金色の瞳が月明りに照らされ、濡れた様に艶を帯びている。  御影は返事をすることが出来なかった。  樹神の瞳に射られた脳が機能する事を止めてしまった今、御影は声を出せなかった。  ただ、その代わりに本能が仕事をしたのかもしれない。  横たえられた御影のすぐ近くに座っていた樹神の着物の裾を、御影の手がやんわりとと掴む。  樹神はその御影の手を見、そして微笑んでうん、と返事をする。 「御影は可愛いね。」  樹神が御影の両足の間に割入るように座り、御影に覆いかぶさるように軽く膝を立て前屈みになる。 「ごめんね。あんまりに可愛いものだから、僕もつい興奮しちゃってね。」  御影はただ、これから何をするのだろうという好奇心と、自分の中に確かに現れ始めている欲情を感じながら樹神の言葉に浸る。 「ねぇ、御影。一緒にしていい?」  御影の頬に樹神のやわらかな髪が触れる。   「……うん。」  御影は自らの意志に関係なくそう返事をしていた。  樹神はただ嬉しそうに微笑んで、自らを御影自身にあてがい、両方を自らの手で包む。  自分以外の誰かのそれと自身とが擦れ合い、相手の手で扱かれる感覚は、御影を足先から痺れさせていく。  御影はこの状況に興奮を覚えながらも、ただ扱かれている自身と、樹神のそれを見ていた。 「ごめんね、結局お腹よごしちゃったね。」  今まで何をしていたのか分かっているのか、と怒鳴りたくなるほどいつも通りの雰囲気に戻っている樹神に、ティッシュで腹を拭われながら御影は顔を覆っていた。  結局お互い一緒に達してしまったわけだが、それをきっかけに意識がはっきりとし始めた御影は次に羞恥からの赤面をする事となった。  だが、対する樹神と言えば穏やかな顔でいつも通り気の抜けるような台詞を連ねた。 「もう大丈夫そうだね、寝られそう?」 「う、うん……。」  掛布団で顔を隠すように引き上げつつ御影は小さく返答する。  それを確認した樹神はまた、うん、と相槌をうち、おやすみと言った。  それにまたおやすみと小さく返す。  その夜、本心をいえば御影はまったく落ち着ける心境ではなかった。  ただ、身体は随分と労力を消費したようで、御影は案外早く眠りにつくことができた。  次の日、御影は昨晩の事は本当は夢だったのではないかと思いながら一日を過ごした。  ただ、樹神の顔を見ると昨日の事を鮮明に思い出してしまいそうだったので、なるべく目を合わせないようにしつつ、平静を装いなんとか日中は無事に過ごす事ができた。  だが、それも日中までが限界だった。  その晩、御影が布団に入る頃にはもう昂りがあらわになっていた。  それでも、早く布団に入って寝てしまえば、と思いいつもより早めの就寝を試みた。  そこから数十分粘ってみたが、粘れば粘るほど昨晩の事が鮮明に呼び起こされるだけで、自身に精力を与えていくだけだった。  そうこうしている内に寝室に樹神が入ってくる。 「今日は早いね。疲れちゃったかな?今日もお疲れさま。」  優しくそう言った樹神は、いつもと同じように御影の髪を撫でると、御影がびくりと反応し、瞬く間に赤面する。  その反応に少し目を見開いた樹神だったが、すぐに御影の状態を察してしまった。 「おや、もしかしてまた元気になっちゃってるのかい?」  自分の状況をあっという間に見抜かれた御影は真っ赤になりながら不本意であることを主張する。 「だ、誰のせいだよ!」  その言葉に樹神はきょとんとする。 「え……?僕のせいなの?」  御影は自分のした事ながら、ひどい墓穴の掘り方に唖然とする。  自分で自分に驚いて思考が止まってしまった御影に、樹神が続ける。 「そっか。じゃあお詫びをしようか。」  その言葉が意味するところは流石の御影でも察しがついた。  結局その後、樹神のペースに乗せられた御影は、自分の好奇心も相まって、樹神に身を任せる事となった。  今回は横になったまま後ろから抱きすくめられるようにされ、そのまま樹神の手で自身を扱かれる形で熱をおさめる事となった。 「もしかして、大丈夫そうかな?」  一度達した御影の自身は、昨晩までのような昂りを残すことはなかった。 「僕がしてたら1回で済むようになるかな。」 「そ、そうなのかな。」  御影もどうしてこうもおとなしく引き下がったのかが分からず、曖昧な返事をする。    結局その後はまた何事もなかったかのように、一日の終わりの挨拶を交わし合って眠りについた。  御影は少しだけ1度で済んだ理由を考えていたが、それも長くは続けられず、気づけば朝になっていた。

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