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Daydream Candy 第8話

「黙って聞いてりゃ……何なんだよ……っ、好き勝手……抜かしやがる……!」  無意識の内に涙があふれては、寝乱れた白いシーツの上にボタボタとこぼれて落ちた大粒の跡が目に痛い。  会って間もない他人に自身の内面を(えぐ)られるようなことを言われるとは思ってもみなかった。  まるで今の自分の格好さながらだ。突如無抵抗にさせられ、無理矢理服を剥ぎ取られて裸にされていくかのようだ。  身体だけではない、心もすべてを丸裸に剥かれる気分だった。  自分でも見ないようにしてきたことだ。  楽しい時間が一時(いっとき)の幻であってもいい。  賑わいの去った後、孤独が待っていようとそれでよかった。  寂しいとは思わない。俺にはそんなのが合ってる、そう思ってきた。  それなのに出会って間もないこの男にいきなり真髄を突き付けられた。  自分でさえ見ないようにしてきた、心の奥深くのひだをえぐり出された思いだ。  震える肩を自身の両腕で抱き締めながら、波濤は静かにベッドを立ち上がると、 「さっきの金、もらってくぜ……二十万。それで綺麗に忘れてやっから……お前もそうしろよな。それから……二度とこんなの御免だ。二度と寝ない。お前とは店の同僚以外の何ものでもねえ。いいな?」  低く――わざと凄んだような声色でそう言った。それとは裏腹の震える肩先が(はかな)過ぎるようで、龍はガラにもなく慌てたようにその後ろ姿に手を伸ばし、引き止めた。 「冰! 待てよ冰っ……! 気に障ったなら謝る。だが俺は……本気でお前のことを……」 「ホンキ……? 本気で何だよ? お前とは会ってまだ一ヶ月じゃねえか……。お互いのことよく知りもしねえのに本気とかさ? ……ンなこと軽々しく口にすんなっ……」 「好きになんのに時間なんか関係ねえだろ? 会って一ヶ月だろうが十年だろうが、そんなことはどうでもいい。真面目に言ってんだ。俺はお前に――」 「――惚れた、とでもいうのかよ? 一目惚れってか? 俺のどこに惚れたんだよ? 店でちっと一緒に働いたぐれえで……何でも解ったようなこと抜かしやがって……。だいたいっ、いつもの仏頂面はどうしたよ! 店じゃ無愛想でクール気取りのくせして……!」  素っ裸のまま、部屋の中央で大の男が二人――ただただ突っ立って――二人の間にしばしの沈黙が流れた。  波濤は龍に背を向けたまま、暗闇の中で唇を噛み締め肩を震わせる――。  龍はその震えを抱き包むように、僅かに戸惑いながらも背中ごとすっぽりと両の腕で包み込んだ。顎先を肩に乗せ、ときおり頬に唇を寄せながら告げる。 「何でも解ってなんかねえさ。それに俺はクールなんかじゃねえ。口数が少ねえから誤解されやすいが、自分じゃ熱い性質(ほう)だと思ってるぜ。他人(ひと)のイメージなんてそんなもんだろ? 見掛けだけじゃ分かんねえことだらけじゃねえか。だからお前のことも――もっと知りてえんだ」 「……俺の何が知りてんだよ」 「何でもいい。寂しさとか悔しさとか、お前が普段他人に見せない内面も、俺にだけは見せて欲しい。逆に楽しいことでもいい。お前の好きなこと――趣味でも何でもいい。いいことでも悪いことでも全部教えてくれねえか」  お前が好きだ――――  抱擁と共に、耳元へと告白の言葉を落とされて、波濤はビクリと肩を震わせた。  どうしてこの男はこうもストレートに何でもさらけ出してしまえるのだろう。  他人に触れられたくないような場所にも平気で踏み込んでくる図々しさや強引さ、けれども自身のことも素直に開けっ広げにさらけ出す率直さをも併せ持つ。  湾曲した複雑な感情など持ち合わせてはいないのか、恥ずかしげもなく『好きだ』と云ったり、図太く他人の内面にまで干渉したり、逆立ちしたって理解できやしない。自分には決して真似のできない素直さが眩しくも感じられて、波濤はキュッと拳を握り締めた。  この男のように、素直に言われたままを受け入れることができたら、何かが変わるだろうか。  好きだ――と云われた言葉を信じて受け入れたなら、何かが動き出すだろうか。  できることならそうしてみたい。  自分とは正反対のこの男に愛されて、変わる自分を見てみたい。  この男の好意を受け入れて、そして自身もまた、この男にのめり込んでみたい。  少なからず恋慕に近い感情が生まれ始めていることも否めない。  だがどうしても勇気が持てないのも、また確かな事実だった。

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