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Daydream Candy 第9話

 波濤はそんな自分に苦笑の思いで、背後からの抱擁を振り解いた。 「俺の全部を知りてーとかさ……女々しいんだよ、お前……。頭領なら頭領らしくしろよ」 「――頭領?」 「……っ……何でもねー。とにかくっ……俺、正直そーゆーの苦手だし……っ。お前がさっき言ったこと、当たってんのもあるよ。確かに他人と深く関わり合うの苦手っつーかさ、ガラじゃねンだ俺は。だから……お前のことも嫌いじゃねーけど、好きにもならない。そーゆーの面倒臭え……。付き合うとか別れるとか、好きとか嫌いとか、考えるだけで滅入る。だから今の仕事は俺に合ってんだよ」 「客とは最初から線引きができるから楽だってわけか?」 「は――、お前って勘がいいのな。まあ当たってるかな。だから……お前ともただの同僚でいたい。それ以上にも以下にもなりたくねえ……。他の奴らも一緒だ。誰とも波風立てねえでやってければそれが一番」 「――要は人間嫌いってことか?」 「さあな? そうなのかも」  波濤は切なげに笑った。  龍は再び目の前の震える肩先に手を伸ばし、そして抱き締めた。  今度は振り払われないようにしっかりと抱き締めた。こうしている間にも刻一刻、沸々と湧き上がる愛しい想いを頬摺りに代えて、強く強く抱き締めた。 「なら、尚更知りてえな。お前が人間嫌いになったきっかけとか、何でも知りてえよ。俺のことをどう思うかとか、少しは好意を持ってくれてるのかとか。それとも俺の知らないところで本気で好きな奴がいたりすんのか――とか。他にも訊きてえことだらけだ」 「他にも? 例えば……俺に”セックス”を教えた野郎のこととか――?」  自嘲まじりに波濤は笑った。 「何処で生まれて、どーやって育って、何でホストになったんだとか……そーゆーの全部知りてえってか?」  語尾の強く、おどけ気味で、だが肩先は小刻みに震わせて――その表情は切なげに歪んでいた。  誰にでも触れられたくないことはある。ズケズケと土足で心の中に踏み込むようなことをされて、迷惑だと言いたげな瞳が苦しそうに揺れていた。そんな思いから出た当てつけなのか、波濤はまたも自嘲気味に先を続けた。 「そんなに知りたきゃ教えてやる。何でも訊けよ。てめえの興味あること全部っ……! アフター行って、男に()らせて……どんな気分で帰んのかとか……そーゆーのが聞きてえか? 他には何だ? 答えてやんよ。そん代わり……」  言い掛けてためらうように言葉を()め――チラリと後ろを振り返り、波濤は龍を見つめて薄く笑った。 「龍、これ以上俺に深入りすんな……」  キッ、と見据えた瞳が、強い意思を伴いながら鈍い光を放っていた。脱ぎ捨てられていた服を拾い上げ、無言のまま部屋の扉を開ける。 「おい……冰ッ……! 帰るつもりか――!?」 「――それ。本名で呼ぶの、ナシな。俺とお前は単なる同僚、ナンバーを競うライバルでもある。あんま馴れ馴れしくしたくねえ」  背中を見せたまま、それだけ言い残して出て行った。その仕草がゾッとするほど寂しげに思えて、龍はその場で硬直してしまった。 「――――」  引き留めることさえできずに、呆然と立ち尽くすしかできなかった。再度抱き寄せようと伸ばし掛けた指先も(くう)で止まり、行き場を失くす――。  普段はクールを装った隙のない男が、マフィアの頭領のようだとまで言われた男が、ただただ立ち尽くすしかできなかった。 ◇    ◇    ◇  その日以降、店で顔を会わせても波濤は至って普通だった。まるで何事もなかったかのように、相変わらず客や後輩らに囲まれて楽しげだ。軽快なノリ、鮮やかな会話、ゲームに道化に一気飲み。男女を問わずの顧客獲得に精を出し、同伴アフターに奔走する。常に笑顔の絶えないその様は、傍から見れば本当に楽しげで、思わずつられて心が踊るような気にさえさせられる。  漆黒の夜を彩る、幾千もの(きら)びやかな街の灯りの如く、華やかなその姿は見る者を惹き付けてやまない。都会の喧噪の中に潜む汚く危険な部分など、まるで無いもののように想像させない見事さはさすがというべきか――誰もが夢を馳せ、羨望の眼差しで彼を追い掛ける。  そんな様子を遠目に見つめながら、龍だけが理由のない苛立ちに胸を逸らせていた。  後に生涯至極の間柄となる龍と波濤の触れ合いは、この時ほんの序章――始まりを告げたばかりだった。 - FIN - 次エピソード『Nightmare Drop』です。

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